「ちょっと待っててください、今お茶出しますね」

そう言って青峰君を部屋に残した僕は、リビングへ向かって冷蔵庫を開ける。確か青峰君は緑茶より麦茶の方が好きだったが、まあそこは妥協してもらおう。グラスに緑茶を注いで部屋へ持っていく。ゆらゆらと揺れる中の緑茶が危なげだ。
結局僕の家に来た青峰君だが、途中で桃井さんからやはり電話が来て、電話越しにも聞こえるくらいの声量で喧嘩をしていた。最終的には僕が電話で直接桃井さんと話し、今度二人でお茶をするということで話はついたが、まあなんというか青峰君の耳がご愁傷さまだった。

「おまたせしました…って何勝手に人の部屋漁ってんですか」
「あ?いや、エロ本とか持てねーのテツ」
「最低です青峰君」
「いやフツ―持ってんだろ。お前それでも男か?ちゃんとついてんの?」
「…僕が今この緑茶を君の頭にぶっかけてもいいんですよ?」
「怒るなよ冗談だって」

苦笑いをしながら両手を上げる青峰君に緑茶をだす。のどが渇いていたのかそれを豪快に飲み干している青峰君を見て、これはもうサーバーごと持ってきた方がいいのかと思い始めた。と、そこで電話で話した際に桃井さんと約束したことを思い出す。

「青峰君、課題をしましょう」
「……はあ?」
「課題です。今日は英語の課題があるんでしょう?」
「な…なんでテツがんなこと知ってんだよ!!」
「桃井さんから聞きました。」

そういえば青峰君はうらみがましくこちらを見た後に「さつきめ…」とつぶやいていた。青峰君がなかなか宿題をやらないので桃井さんをはじめバスケ部の方々もどうやら困っているらしい。困り果てた先生が青峰君用に特別課題を出した、しかしそれすらやらない。だから今日青峰君を家へ呼ぶ代わりに青峰君の課題を一緒にしてほしいと桃井さんが頼んできた。青峰君は留年課題さえバスケ部の人たちにやらせたとか。どんな手を使ったのやらと呆れながら右手を差し出し課題を求めれば、観念したように青峰君はかばんを漁って宿題を取り出した。それを見て思わず青峰君の顔と課題を交互に二度見する。

「…青峰君、君今何年生ですか?」
「は?」

僕の手元にあるのは『Be動詞の使い分け』とかわいらしいフォントで大きく書かれた教材。
青峰君が勉強面で少し頭が弱いのは知っていたがここまでとは。黄瀬君もそれなりにまずいが、これは中学一年生でも分かる内容だ。

「…ちなみに青峰君、これ中身は見ましたか?」
「まだ見てねーよ。やらねーつもりだったし。」
「…これが終わるまでは返しませんからね。」

そう言ってページを開く僕にぎゃんぎゃんと何か訴えかけてくる青峰君だが、聞いてはあげない。





「青峰君、やればできるじゃないですか。」
「俺もう一生分勉強したわ」
「情けないこと言わないでくださいよ」

べしゃりと机に突っ伏す青峰君にお茶と、何かお菓子を出してあげようと思い僕は立ちあがった。時計を見ればもう7時で、ずいぶんと長いさせてしまったようだ。そろそろ帰らないと青峰君のお母さんが心配してしまうだろう。冷蔵庫からサーバーを取り出しながらそう思えば、パタパタと何かが窓をたたく音。まさかと思ってカーテンを開ければ、小一時間前までとは打って変わった豪雨だった。

「…嘘でしょう。」

あわててケータイを確認する。ちょうど父からメールが届いていて。見れば電車が動かないので今日は泊ると書いてあった。電車が動かない。青峰君の家から僕の家まではどう足掻いても電車を使わなければ帰れない。
そう、帰れないのだ。

「っ青峰君」

あわてて部屋を開ければ、ニュースキャスターの良く通る声が聞こえる。突然やってきた豪雨は、今夜は止まない、そう淡々と続ける声を聞きながら「…らしいぜ」と青峰君はつぶやいた。すると次は青峰君のスマホからバイブ音が鳴り響く。電話越しに聞こえたのはやはり彼女の声だった。

「んだよさつき。…あ?…ああそうだよ、まだテツの家。…まあどーにかなるだろっつかうるせーよ耳が、あ、おいテツ!!」
「桃井さん、すみません僕が長居させてしまったばかりに」

そう、スピーカーホンにしてから電話口に向かって言えば、いつもより少し上がったトーンで「っテツ君!?」と桃井さんが叫んだ。

『ううん、どうせ青峰君の宿題の進みが遅かったんでしょ?それよりこっちこそごめんね!!』
「いえ、大丈夫です。終わりましたから安心してください」
『本当!?うわあ、ありがとう!!大ちゃんには歩いて帰らせるから大丈夫だよ!!』
「おいさつきてめえなに勝手に」
「あ、いえ大丈夫です。うちに泊まっていかせますから。」

え、というソプラノとテノールが重なる。暫くしてから桃井さんが「でもテツ君のおうちの人に迷惑かけちゃうし…」という桃井さんに向かって(というか電話口に)言った。

「いえ、今日父の方も電車が動かないので会社に泊まっていくそうです。母とおばあちゃんは二人で旅行に行っています。もともとあと三日ほどは帰ってこなくて…夕ご飯も用意してあるので問題はありません。一応父にも許可をとっておきました。」
『そ、そう…?それじゃあお願いしてもいい?』
「はい、大丈夫です。」

桃井さんとてやはり幼馴染をこの豪雨の中帰らせる気はさすがに無かったのだろう。『ごめんねテツ君!!ありがとう!!あ、大ちゃん、テツ君に迷惑かけないでよね!?』と桃井さんが言うと「おい勝手に話進めてんじゃねーよ!!」と言ったものの、すでに桃井さんとの電話は切れていた。

「…っち。おいテツ、お前も何勝手に決めてんだよ」
「すみません。でも青峰君だってこんな土砂降りの中歩きたくはないでしょう?」

ぐっと押し黙る青峰君に「じゃあ僕お風呂溜めてきますね」と言って立ち上がる。

こうして青峰君は、僕の家に泊まることになった。




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