「青峰君、僕、もう、一歩も歩けません。」

そう言って、地面に寝そべったまま星を見上げる。冷たい空気は、夜空の星を良く見えるようにしてくれた。それから聞こえたのは、僕の弱音を聞いた青峰君がついたため息、それから遠ざかっていく足音。しかしそれはすぐに戻ってきて、ふわりと頭にタオルが乗せられた。柔軟剤のいい香りがする。タオルの上から手を顔に押しつけてくぐもったこえでお礼を言えば、青峰君は黙って僕の隣に座った。
青峰君とバスケをするには大変な体力を使う。別に1on1をしたわけでもないのに、どうして疲れるのかといえば、まあ元々僕の体力がないのは勿論のこと、シュート練習をするだけでここまで疲れる理由は、青峰君の教え方に問題があった。

「青峰君はもう少し日本語を勉強してきてください。擬音語が多すぎです。まったく分かりません。」
「うるせーこういうのはカンなんだよカン。リクツじゃなくて身体で覚えろ。」
「それにしたって酷すぎます。」

青峰君はバスケの才能はピカイチだが、頭の中お世辞にも良いとは言えない。もとより国語も苦手だった彼に、いくら強いからって教えるということが彼に出来るのだろうかといささか心配だったが、それは杞憂に終わってはくれなかった。(まあぼくから教えてくださいと頼んだのだが。)とにかく青峰君は教え方が下手糞だ。身体で覚えろ、は、まあなんとなく予想はしていたが、説明が説明になっていない。「こう、ぐわっと」とか「ぎゅーんっと」なんて言われたって分かるはずがない。だから肉体的な疲労も勿論あるが、どちらかと言うと精神的疲労の方が多いのではないだろうか。あたりが暗くなるころにはもう僕はへろへろで、もう一歩も歩けない状態だった。少々誇張して言っているが。しかし、それにため息をつきながらも置いていかず、むしろタオルまでかけてくれる青峰君の優しさに運動をして温まった身体と同じくらい、心も温かくなる。純粋な意味で、嬉しい。そして不純な意味でも嬉しいと思ってしまうのだ。

「おい、もう歩けんだろ、そろそろ行かねえと身体冷やすぞ。」
「そうですね。」

差し出された手を握り返す。思ったよりずっと、温かかった。

「いつもありがとうございます。何か食べて帰りますか?」
「あー、そうだな、腹減ったし。」

そう言って小さく笑う青峰君を見て、また胸が温かくなる。青峰君の笑顔だとか、優しさに触れられるだけで僕の気持ちは浮きっぱなしだ。またこの笑顔が見れて良かった、昔のように接することができて良かった。と、最初は安堵のため息をついたものだ。僕はスクールバッグを担いで帰り支度を整えていると、後ろから「…あ」と声が聞こえた。

「…?どうしたんですか?」
「あー…わりい、財布学校に忘れた」

相変わらずの抜けっぷりに今度は呆れの意味を込めてため息をつく。青峰君が気まずそうに目線を明後日に向けていると、今度は突然のバイブ音。それは青峰君のスマホからなっていて、確認した青峰君の顔が引きつった。

「…次はなんですか。」
「いや、なんでかしんねーけど、さつきにテツと居んのがばれた。私も行くだと。黄瀬辺りか…今度つぶす。」

そう物騒なことを言う青峰君は短く文を打ってからそれをしまいこみ、ようやく僕と同じようにかばんを担いだ。さて金ねーけどどうすっかなー、なんてのんきに言っている青峰君に「…桃井さんはどうしたんですか?」と聞く。今の流れだと桃井さんも合流するのだろう。そして青峰君は桃井さんにお金を借りて、それに怒りながらも貸してくれる、青峰君の世話を、文句を言いながらやってくれるのが桃井さんだ―――そんな二人だからこそ上手くやっている。そう思うと同時にこみあげてくる汚い感情にふたをしながら、横からの返事を待っていると、青峰君の口から思いがけない言葉が聞こえた。

「あ?さつき?こねーよ。うぜえから来んなっつっといた。」
「え。」
「あ、だからこの辺のマジバとかだめだわ。さつきにばれる。どっかほかのところにしようぜ」

そういう青峰君の言葉を聞きながら、僕はどうしようもない、苦いような、甘いようなものがゆっくりと心に広がっていくのが分かった。そっと顔をそむける。そうでもしないと、変な所には聡い隣の彼に、今の僕の心に中がばれてしまうと思った。鏡を見なくても分かる。きっと今の僕の顔は情けないことになっているだろう。

「…じゃあ僕の家にしましょうか?今日家族がいないので一人なんです。」

そういえば、青峰君の肩が不自然にひくりと震える。それから少しの間が空いて「じゃあそうさせてもらうわ」と言った彼と一緒に、僕は胸に広がるそれに気付かないふりをしながら家路を歩いた。






続きます。




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