教卓に立つ担任の話を、俺はぼんやりと聞いていた。冬休みについての注意事項を並べる担任の、「羽目を外すなよー」という言葉に、周りは胡散臭い程のイイコ声で返事をした。それに会わせて俺も適当に返事をしながら、ああもう冬休みか、早いな、と感傷に浸っていた。
結局あのスイッチがなにものかは分からないままだった。ただ何となく直ぐに押しては行けない気がして、いまだに持ち歩いてはいるが押せていない。自分で望んでおきながら何て様だ。そう考えて机の中で掌に収まるスイッチを弄びながら、隣でクリスマスについて話す女子達の声をどこか遠くに聞いた。



「真ーちゃん、帰ろーぜー」

そう言って鞄を持ち上げる。今日はニュースで昼から夜にかけて雪が降るとかで早めに自主練を切り上げたのだ。ちなみにそれによって今日はチャリアは無しである。部室の鍵を職員室に返して外に出れば、早いと言えどももう5時なので暗かった。相変わらず寒くて手に息を吹き掛けながら「さみー!!」と口にした。すると隣の真ちゃんがお汁粉片手に俺を横目でチラリと見る。

「今日は雪が降ると言うのにそんな薄手で来るからだ馬鹿め。」
「いやあ、ちょっと冬嘗めてたわ。寒みー」

そういってまた両手に息を吹き掛けると、突然お汁粉が目の前に現れた。隣を見れば真ちゃんが視線を反らしながらぶっきらぼうに「余ったからやるのだよ」と言う。呆然としながらそれを受け取って、それから吹き出した。

「ぶはっ!!」
「要らないなら返せ」
「いるいる!!ありがと、真ちゃん」

そういってお汁粉に口をつけてから、あ、間接キスだ、なんて考えてしまい。恋したての中学生か、と、馬鹿らしくて笑ってしまう。お汁粉を飲み干してから少しいった所にあるゴミ箱へ走って空き缶を捨てた。暖かいものが胸いっぱいに広がる。それがお汁粉でないことは明らかで。
不器用で、本当に愛しい奴だ。
そう思いながらおもむろにポケットから取り出したのは例のスイッチだ。黒い本体に赤いボタン。どこか危なそうな雰囲気のそのボタンを見下ろして、自嘲気味に笑う。

(これを押せば、真ちゃんが手にはいんのかね)

なーんてな、そう小さく呟いてから遊び半分で、そのボタンをカチリと押した。
溢れる気持ちを押さえられなかったんだ。

「あ、そーいや真ちゃん、明日部活休みなんだってさー。だから」

「どっか一緒に出掛けねぇ?」そう続きを言おうと後ろを振り替えれば、そこには誰も居なくて。

「真ちゃん?真ちゃん!?」

慌てて辺りを見回せど真ちゃんは愚か人っ子一人見当たらない。拐われた?んなバカな、だいたい真ちゃんを容易に拐える男何てそうそう居ない。明らかに混乱している思考を一度落ち着かせて考える。一体真ちゃんは。

ー君の望みを叶えよう

どくり、と心臓が大きく騒いだ。
寒さからでなくカチカチと歯の根が合わない。どっと背中に汗をかいて、いつのまにかスイッチを握っていない震える右手を見つめる。

「・・・嘘、だろ?」

まさか、いや、そんな。
あり得ない、そう否定してから、きっと何か落として引き返したに違いない、真ちゃんああ見えて抜けてるところ有るから、と、来た道を戻るべく足を動かそうにも全く動いてはくれない。血の気が引いて、世界がぐるぐると回る。
まさか

「・・・おれ、が?」




「何をそんなに落ち込む必要があるんだい?」

聞き覚えのある声を聞いて振り替えれば、そこにはあのサンタがいた。いつの間にかまたあの白い世界で、しかし、こちらを見つめてくる彼の瞳は橙ではなく澄んだ緑だ。たぶん彼は、俺が知っている彼じゃない。それでも理不尽だと分かっていても怒りが込み上げてきて、彼に掴みかかった。

「真ちゃんをどうしたんだよ!!!!」
「どうしたって、君が望んだ事なんだろう?」

意味がわからなくて目を見開いて固まった。そんな俺に彼はまたあのいやらしい笑みを浮かる。

「君は彼のすべてが欲しいと僕に願った。だから僕は君に彼のすべてを託した。明日になれば彼は君だけのものだ。家族も、友人も、誰も彼のことを忘れ君の中だけに彼は生き続ける。」

そう言われて俺は「違う!!」と怒鳴った。精一杯の気持ちを込めて彼に向かって叫ぶように言う。

「俺は、こんな、こんなことを望んでたんじゃない!!こんな、こんな…っ!!」

ぎり、と奥歯をかみしめた。手に力を込めすぎて彼の肩に俺の爪が食いこむ。俺は、絶望した。この状況だけではない。俺の汚い欲にだ。脚から力が抜けて情けなく座り込んでしまう。信じられない状況に、俺は真ちゃんの名前を小さく呼ぶことしかできなくて。すると黙って笑っていたサンタが、俺に目線を合わせてしゃがんできた。

「さて、願いがかなって喜んでいる和成君に、残念なお知らせがあるんだ。」

そういったサンタの言葉に、絶望のそこにいた俺はまだ何かあるのかと身体をびくつかさせる。首をコテリと傾げたサンタは申し訳なさそうに眉を下げる。

「サンタさんはね、良い子にはみんな優しいんだ。
でもねえ、残念だけど、今までないことが起こってしまったんだ。」

俺の頭を撫でるサンタは、子供に言い聞かせるように俺に言いかけた。

「齟齬するお願いが出てきちゃったんだ。」
「そご…?」
「そう。君がお願いにした対象の緑間真太郎君が、君のお願いを邪魔してるんだ。」
「真ちゃんが?」
「うん。実は真太郎君にも、僕らは派遣されたんだよ。」

驚いた。確かに俺に来て良い子の代表のような真ちゃんに来ないほうがおかしい話だ。しかし、一体真ちゃんはどんなお願いをしたんだ。

「君のお願いは真太郎君のすべて、だから僕たちは真太郎君の存在を君に託した。でも真太郎君のお願いが『クリスマスを健康に過ごしたい』だったんだ。」

そう言われて、吹き出してしまった。真ちゃんらしいと言えば真ちゃんらしい。「クリスマスを安全に過ごしたいのだよ」と言っている真ちゃんが想像できて笑ってしまう。
要は俺のお願いと真ちゃんのお願いが食い違ってしまったんだろう。ではそういった場合はどうするのか。なぜ真ちゃんはここにいないのか。

「そういった場合はね?普通は先にお願いした方のお願いを優先させるんだけど…君たちのお願いが、同じタイミングだったんだ。」
「え…?」
「だから、僕たちは、君たちにお互い妥協してもらうこらうことにしたんだ。」

俺たちのタイミングが同じだったことにまず驚いたが、その次の妥協、という言葉が引っかかった。妥協とは、一体何を妥協すればいいのか。真ちゃんが帰ってくるなら妥協だってなんだってしてやる。

「だから、真太郎君には一つだけ、君に何かあげてほしいといったんだ。」
「は?」

俺に、一つだけ?



「ごめんね、そういうことだから、彼に何か一つあげられないかな?」
「…なるほどな」
「さあ、何をあげる?その左手はどうかな?」
「これはだめだ。人事を尽くせなくなってしまうからな」

(お前とバスケができなくなってしまう)
「じゃあその鮮やかな翠の瞳はどうかな?」
「だめだ。いくら悪い目でもなくてはならないものだからな」

(もうお前と目を合わせることすらできなくなってしまう)
「じゃあ美しい声はどうかな?」
「だめだ。俺の下僕を呼べなくなってしまうからな」

(お前にもう二度と、伝えられなくなってしまうではないか。)
「じゃあなにならあげられるんだい?」
「そうだな…それじゃあ」
「決まったのかい?」
「ああ、」

もう、ほとんどお前のもののようなものだがな
「俺の――」



「…え?」

伝えられたその言葉に、俺は耳を疑った。目の前のサンタは、どこか困ったように笑っていて、それは今まで浮かべていたいやな笑みではなく、あの母親のような笑みだった。すると後ろから「お前はどこまでも馬鹿だな」という声が聞こえた。振り返ればそこには愛しい彼が居て。

「真、ちゃん」

真ちゃんは仕方なさそうに笑って俺に向かって歩いてきた。でも俺は、真ちゃんに合わせる顔がない。だって俺は自分の欲望を押しつけて、危うく真ちゃんの存在を消してしまうところだった。うつむく俺に近づいた真ちゃんは、俺の頭を殴った。

「い"っ…!?」
「いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず馬鹿だな、お前は」

そう言った真ちゃんに俺は「馬鹿は真ちゃんの方だよ!!」と怒鳴った。
だって。

「なんで、なんで、んな大事なもの、」
「・・・高尾」
「だって、真ちゃん、もう一生、俺以外に恋出来ないんだよ!?」

真ちゃんが俺にくれた物は、自分の恋心だったんだ。

「何で、こんな馬鹿な事したんだよぉ・・・っ!!これじゃあ、もう、俺、お前を逃がせないし、真ちゃんだって逃げれないんだよ!?」
「高尾」
「俺は、真ちゃんが、」
「高尾!!」

真ちゃんは俺の肩をぐっと掴む。それに臆した俺を、真ちゃんはまっすぐ見つめてきた。

「・・・覚悟の上だ。俺は、お前だから、渡したかった。」

そういわれて、目頭が暑くなった。目尻から想いが涙になって溢れ、口から、心から暖かい何かが込み上げてくる。

「真、ちゃん、俺、良いの?お前の、大事なモン、貰って、」
「・・・何度も言わせるな、馬鹿が。」

そう言った真ちゃんに、愛しさが止まることを知らなくて。

(あぁ、やはり鮮やかだ。)
(俺の欲しかった、緑。)

「真ちゃん、大好き」
「絶対、一生、幸せにするね」

いつの間にか道中に戻っていて、俺達は馬鹿みたいに泣きながらキスを交わした。




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