ぱす、とネットをボールが潜り抜ける音。リングにかすりもしないそれをみて、「あ"ーっ」と叫んだ俺は体育館の床にごろりと転がる。

「もー真ちゃんほんと無理、なんで取れないかなー!!」
「俺がお前より人事を尽くしているだけだ。もっと人事を尽くせ。」
「ちっくしょー!!」

見上げた真ちゃんの顔は逆光でよく見えないが、多分ドヤ顔なんだろう。想像してムカついて、「もっかい!!」と叫べば黙って手を差し出された。その手をつかむ。意外と暖かい。ぐいっと引き起こされた俺はネットの下に転がっているボールを取りに行った。
汗をかいた体を包む冷たい空気が、もう冬なんだと改めて実感させられる。これはゆっくりシャワーを浴びないと体を冷やすなあ、なんて考えていたら、真ちゃんが後ろから声をかけてきた。

「高尾、今日はもうやめにするぞ。」
「えー!!なんでよ真ちゃんもっかい!!」
「だめだ。もう遅い。そろそろ学校が閉まってしまうのだよ。」
「えっ。まじで」

時計を見上げれば、もう学校が閉まる25分前だ。俺たちが個人練習を始めたときは確か5時くらいで、真ちゃんと1on1を始めたのは5時30時ごろ。時間がたつのがあまりにも早すぎて歳か、と疑ってしまう。真ちゃんは黙々とかたずける準備をしていて、その姿に俺は駄々をこねた。

「えーあと一回!!一回くらいいーだろお!!」
「ばかめ。早く切り上げないとシャワーがゆっくり浴びれないのだよ。」
「え。」

「体を冷やしてしまうのだよ。」といった真ちゃんの言葉に一瞬思考回路が固まってしまう。何も言わない俺を不審に思ったのかこちらを振り向いた真ちゃんに、俺は抱きついた。

「っなんなのだよ、熱い離れろ!!」
「んふふー!!なんでもない!!」
「なんでもないならとっとと片づけるのだよ!!」

そう怒られて俺はいまだにやにやとした表情のまま真ちゃんと一緒に片づけを始めた。




(おんなじこと考えてただけでこの浮かれようって、相当かなあ、俺。)

暖かいシャワーに当たりながら俺はぼんやりと考えていた。水滴一粒一粒が俺の肌に当たって体を温めてくれる。
俺は真ちゃんが好きだ。それも決して友情やLIKEのほうではなく恋愛的に、LOVEのほうで、だ。

(ラヴとか、がらじゃねーっつか鳥肌立つわマジ。)

苦笑して、次に出たのはため息だった。これほど不毛な恋はない。でもいつの間にか好きになっていた。一緒に過ごして、バスケして、その日常に小さな愛しさを見つけてしまって。気づいてしまえばあとは落ちるだけだ。落ちて、終着点が見つからなくて、それでも落ちることはやめられなかった。きゅっと蛇口をひねって腰にタオルを巻く。フェイスタオルで顔を拭いてから頭を乱暴に吹いた。

(気づかれないように、ばれないように、それでいいんだ。変に気まずくなるよりはよっぽどましだし。)

はあ、とため息をつけば、「何をため息をついている」と突然横から聞こえて飛び跳ねた。いつの間にいたのか真ちゃんも同じように腰にタオルを巻いた状態だ。

「ちょっと真ちゃん風引いちゃうから早く服着なさい!!」
「ならばそっくりそのまま返してやろう。早く髪をふけ。風を引く。」

そういって俺からフェイスタオルを取り上げた真ちゃんは強制的に俺をベンチに座らせて俺の頭をタオルで拭く。優しい手つきで拭かれて、気持ち良くてうとうととしてしまう。ああ俺あの神の左手に頭ふかれてんだーなんて考えると、どうしようもない優越感がでしゃばってきて仕方がない。あの女王様真太郎に頭ふかせちゃってるーといえば頭をはたかれた。

(あーもう)

愛しいなあ。



「んおー、疲れたー!!」

そう叫んでベッドに転がる。隣の部屋から「お兄ちゃんうるさい!!」と妹ちゃんが叫ぶのが聞こえたが、今は謝る力も残っていない。久しぶりに真ちゃんと1on1をしたせいか、凄く疲れた。家に帰れば、やはりチャリを漕いだせいで汗をかいていたから飯前にもう一度入ったけれど、それがいい具合に眠気を誘う。

(あー、やべ、そーいや今日23日じゃんか)

23日。それはあのサンタさんとの約束の期限を意味している。あーどーしよーかなぁ、と呟いてから、やはり一番しっくり来たのは俺の欲しかったちょっと値のするヘッドフォンだった。今月は金欠だからクリスマスプレゼントは可愛げもなく現金20000円だ。(まあ俺に可愛いげがあっても困る話だが。)本当はそれで買う予定だったが、貰った金の四分の三は消えてしまうであろう逸品をただで貰えるならそれに越したことはない。俺は上機嫌になって両手を後頭部に回しながら天井を見上げると、本格な眠気が襲ってきた。せめて晩飯を食べてから入るべきだった、と考えてももう遅い。だんだんと瞼が重くなり、沈んでいく。人間の三大欲求に抗えなかった俺は、プツリと意識が途絶えた。

「やあ」

そう声をかけられて目を開ければ、いつものように彼が居た。あぁ、俺寝たのか、と考えていると、サンタさんが一歩前へ出てきて垂直に指をたてた。

「さて、今夜が約束の日だけど、ちゃんと考えてきてくれたかな?」

そう言われて、俺は用意してあった言葉を言おうと口を開いた。ボディの赤くて音質の良い、有名なメーカーのヘッドフォン、それを頭に浮かべながら言葉を発しようとして、突然その赤を鮮やかな緑が塗りつぶした。

(ーあ、)

「・・・緑間真太郎が欲しい。」

そうして俺は、無意識に、そう口走っていた。

自分で言っておいて愕然とした。何を馬鹿な事を言っているんだ、早く、冗談だと訂正しろーー頭ではそう思えど、言うことを聞かない口は饒舌にベラベラと喋り出す。

「緑間のまっすぐな瞳も、指先の動きも、あの不器用な優しさだって、余すことなくすべてが欲しい。全部、俺のものにしたい。」

そう伝えればサンタさんはいつも浮かべるあの母親のような笑みではなく、にんまりと、いやらしい笑みを浮かべた。
そしてあの黒いノートを取り出して、目を細め、口角を上げる。

「わかった、それなら、」

君の望みを叶えてあげよう




「ーーーっ!!!!」

ハッと目を開ければ見慣れた天井。救急車の鳴る音が遠くから聞こえる。じっとりと汗をかいていて、俺は口にたまった唾液をゴクリと飲み下す。
あの声と笑みが頭から離れない。
頭がじぃんと痺れた感覚に耐えきれず起き上がる。そこで俺は自分が言った言葉を思い出して口許を手で覆った。

(真ちゃんが欲しいって、馬鹿か俺は!?)

本当に、何を愚かな事を言ったんだ俺は。そんなこと、叶うはずが無いのに。そこまで考えて、俺は「馬鹿」の対象をこの願望を抱く事自体ではなく、真ちゃんが手に入らない、という点について考えている事に気付き項垂れた。

(本当、何してんだよ、俺は。)

はぁ、とため息をついて右手をベッドにつけば、カツリと指先に何かが当たる。見ればそこには四角い何かがあった。
電気をつけてそれを摘まめば、それは手に収まる程度の箱型の

「・・・スイッチ?」

側面にボタンのついた、スイッチだった。




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