「財布は持ったか?」
「持った!!」
「水筒」
「持った!!」
「タオル」
「もっ…あっ」


今思い出したように声を漏らすカズに「馬鹿め」と言ってやるとカズは謎のうめき声を上げながら今し方履いたばかりのシューズを脱ぎ散らかして廊下の奥へと消えていった。その靴を揃えてやりながらカズがタオルタオルと無意味に叫んでいるのを聞いた。


「もう忘れ物無い!!だいじょーぶ!!」
「人事は尽くしたな?」
「尽くしたっ!!」
「なら行くぞ。」


忘れていたタオルを得意げに鞄にしまったカズを見て聞けば意味も大して分かっていないだろうに自信満々にそういった。扉をガラリと開けるとカズが大きな声で「かーさんいってきまーす!!」と言うのを聞いてか、廊下の奥の扉からひょっこりとおばさんが顔を出す。


「あら行ってらっしゃい。真ちゃん、カズをよろしくお願いね」
「はい、分かりました。」


笑いながらそういうおばさんに会釈をしてから外へ出ればカズが慌てて飛び出してきた。ぼすん、と背中に抱きつかれて若干よろめく。家の中は温かかったがやはり外はカズを迎えに来たときと同様に寒かった。カズに離れるように促してから、自分の吐き出す白い息を見つめた。




カズを日曜日のストバスに連れて行くようになってから1ヶ月が経つ。きっかけはいつものように出掛ける俺に「真ちゃんどこいくのー!?」と、おばさんと歩いていたカズが背中に突撃してきたことだった。


「こら、カズ。真ちゃんはこれからお友達とバスケしにいくの。」
「友達と?」
「そうよ、だから邪魔しちゃだーめ。」


そういわれたカズは何か考える素振りをした。俯いて暫くの間黙り込む。それからぱっと顔をあげて、そっかぁ、と言って俺を見ながら笑ってからまた顔を少し俯かせた。

俺はため息をついた。何にかと言えば、俺の甘さに、だ。


「…一緒に連れて行ってやってもいいぞ。」


そう、ぼそりと言えばカズはパッと顔を上げる。え、と言ったカズの顔は間抜けで、その柔らかな頬を引っ張ってやった。「いひゃいいひゃい!!」と涙目になって言う。手を離してやってから、俺はテーピングをしていない右手を差し出した。瞬間、花を散らせるように笑ったカズは俺の右手に、その小さな左手を重ね合わせた。
やはり俺も、こいつには甘いのだ。




(あんな目をされて、突き放せと言う方が無理だ。)


そう言って隣の高尾を見ればニコニコといつものように笑っている。ふんふんと調子の外れた鼻歌を歌っているカズ。こいつは何かと人の事を良く分かっている。だからされたら困る事もやらないし、あのときだって自分が邪魔だと思われているとでも思っていたのだろう。子供にくせに人を気遣うなんて、全く生意気な奴だ。その生意気な奴はというと、駅に着くと券売機に駆け寄った。初めてストバスに連れて行ったときにカズに切符の買い方を教えてやったのだ。(覚えているかどうは定かではないが。)財布を出したカズは俺の方を向きながら「これでしょ!!これ!!」と騒ぎ立てている。のぞき込めば目的の金額を指さしているので、うなずきながら覚えていた事に感心した。


「任務完了しました!!」
「ならいくぞ」
「いえっさー!!」


そういって切符を改札に通すカズを見て、全く子供らしくない、かわいげの無い奴だと俺は小さく笑った。




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