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それは本当に、わずかに触れる程度の軽いものだったが彼女を黙らせるには十分だった。
頬を薄紅色にそめ、潤んだ瞳で見上げられては理性を保つことの方が困難だった。
―黙って抱かれてりゃ
いーんだよお前は。
俺様に対して恩だなんだっつう変な気を回す必要はないっての。お前は…俺様の女なんだからな。
甘えることを渋るなら、力ずくでこちらからその堅固なる戸をこじ開ける。
自らは求めることはせず、きっかけを与えれば素直に応えるという彼女の法則は小さなころから変わっていない。
「今日はもう仕事は休んどけ。」
「でも今日は…」
「俺様がいいって言ってるんだ。いいか?これは命令だ」
首に腕を回し顔を埋めているから彼女の表情は上手く見えないが、恐らく笑っていることが伺える。
「わかりました。今日は静かにしています。」
その返事を聞いてから城内に足を進めた。
彼女が丁寧な敬語を使うようになったのはいつからだろうか。昔はもっと親しい風に、敬語など使わなかったのに。
部下たちが部下たちなだけに、普段からそんな丁寧な言葉遣いを聞くのは真帆と城の侍女達だけだった。
敬語など使わなくていいと言っても彼女は聞かない。真帆には真帆の言い分があるのだろうが、真帆は臣下の娘というだけで侍女という扱いをしているつもりはない。
だが、ただでさえ恩があるのにタダ飯など食べるのが堪えられない、と彼女は仕事を手伝うのだ。
体も弱いというのに。
下手な部下より根性がある。だから危うくて、放っておけないのだ。
スッパーン。
彼女の部屋に着き、足で襖を開けた。少し勢いよくやり過ぎたか。
「元親兄様、もう大丈夫でございます。下ろしてくださいませ。」
「ん?わかった。」
ゆっくりと下ろして彼女を座らせる。
「くれぐれも無理はするなよ。」
このまま部屋に残りたいのだが…
「元親様〜、どこにおいでですか〜?元親様〜」
まだ仕事を残したままだ。
はー、とため息をつくと
彼女がニッコリとこちらを見上げた。
「元親兄様、ほら探してらっしゃいますよ?私めは大丈夫でございます。行ってくださいな。」
こういう時にせがまれれば迷わずいれるのに。
「わりいな。じゃあ…行ってくる。」
名残惜しげに立ち上がり、彼女の頭をぽんぽんと撫でる。なんでこうもいい子なんだこいつは。
両親を失い、他人である義父に引き取られたという環境を差し引いても、16とは思えぬほどにしっかりしていた。
抱きしめてしまいたい衝動を押さえ込み、彼女の部屋を出た。
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