長曾我部 元親。彼は言うまでもなく、この一帯を治める勇猛なる武将である。

そんな彼が腕を広げて勢いのついた私を受け止めてくれた。

優しく抱きしめられ、無邪気に彼女もはしゃぐ。

「真帆、ただ今帰った。」

そっと耳打ちするように耳元で呟くものだから、彼の吐息がかかり低い声は鼓膜を揺らす。


「ご無事そうで、なによりです。」

目をつぶり、彼の無事を労う。胸いっぱいに息を吸えば幸せが胸に満ちて行くようだった。

そっと彼の大きな手が頭に添えられ、より体が密着する。

「お前が待ってるんだから、帰ってくるに決まってんだろ。」

ぽんぽんと頭を撫でられ、そうだ、と少し体を離し彼を見上げた。

「元親兄様、今晩は宴でございますか?」


「おうよ。今日は3隻の南蛮船から獲物を頂いてきたからな。大漁だ!」


彼はにかっと嬉しそうに笑った。思わずこちらまで笑顔になる。


「それでは私も今晩は腕を奮わなければですね。」


「おぉ!真帆の料理が食べられると思うと嬉しいぜ。期待しとくからな。」


軽く額に口づけされ、彼から離された。


「真帆、無理は…するなよ?」

言い含めるように言葉を残し、城内へ向かってゆっくり歩きだした。



「はーい!」


…ッ!!
ケホッ、ケホケホ。

ケホッ、ケホッ、ケホッ。





彼を見送りながら、咳を止めようと息を止めしゃがみ込む。ほんのわずか、調子にのって大声を出した代償に、咳が止まらなくなってしまう自分の体弱さに嫌気がさしてくる。


―彼はもう行ってしまったのだろうか。

わずかな期待をしてしまう自分が情けない。これくらいの発作、自分でどうにか出来るというのに。

ドウン、と何か重いものか地を叩く様な音が鈍く響いた。と思うと、咳をなだめるように背中をゆっくりと誰かがさすってくれた。


「大丈夫かよ真帆?大声出したと思えばこれだ。…無理すんなって言ったばかりだろうが。」


城内へ向かったはずの元親が戻ってきてくれていた。
いつもこんな風に心配をかけてしまう。申し訳ないのと呼吸が上手くできないので頭が上がらなかった。






ヒュー。ヒュー。





呼吸も落ち着きようやくおさまってきた。顔を上げると心配そうに覗き込む彼の姿があった。


―やっぱり来てくれるんですね。

呼吸が楽になってもなお彼は背中をさすり続けてくれていた。

「医者、まだ診てもらってないのか?」

「…はい。ですが、…自分が抜けた穴で迷惑をおかけするわけにもいかないので。」



彼女は元親が治める城の一画に義父と住んでいた。

幼少のころ、戦で両親を失い孤児となった彼女は元親の下臣である今の義父に引き取られたのだ。なんでも父親同士が仲が良かった縁らしい。


恩義を返さねばと城で住み込みの仕事を手伝っているのだが、病弱ゆえに仕事を休むこともしばしばあった。

義務があるわけでもないのに、そんな環境も相まってか、彼女は責任を感じてしまうがために人に迷惑をかけることに対してかなりの抵抗があるようだった。

そして責任感が強いゆえに自らを犠牲にすることをいとわない。

そんな強がりが少しずつ周りを傷付けるともしらないで、彼女はそういう所で元親に中々甘えては来なかった。


「全く世話を焼かせるぜ。」


いや、むしろたまには世話を焼かせろと言いたいくらいだった。

身分のことは全くもって気にしない質である元親は、些細な"礼儀"を気にする彼女に対して遠慮をしなかった。


ふわりと体が宙に浮く。
元親に抱き上げられ、姫抱きにされてしまった。

「元親兄様…まだお仕事がおありでしょう?私めは大丈夫でございます。どうかお構いなく…」

そう言いかけると、はぁ?と元親は眉を潜め私を見下ろした。

「馬鹿言ってるんじゃねーよ。この程度のことでお前を見捨てるなら俺様は死んだ方がましだっての。」

胸のあたりがくすぐったいようなことをさらりと彼は本気で言ってのける。

気を抜いていると顔が火照ってにやけてしまいそうではないか。

「また大仰な。」

照れ隠しに、ふふっと笑ってみるが、不謹慎にも嬉しくなり胸が疼く。

バランスを取るために、怖ず怖ずと彼の首に腕を伸ばし彼に密着した。


すると首を差し出すように彼が首少し傾げたと思うと、上半身の方が少し持ち上がる気がした。


刹那、力強い瞳で見つめられたと思うと唇が重なっていた。


「元親…兄様…。」


満足げに見つめられ、もはや黙るしかなかった。

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