5
ケホッケホッ、
ケホッケホケホケホ、
…ッ……ふー。
…ケホッケホッ!
もう何度もこれの繰り返しだった。
やけに今日は発作が多い。
いい加減、腹筋が痛くなってきた。
「真帆っ。」
トクンッ。
突然の声に、必死に息を止めた。
確かに聞き慣れた声が私の名前を呼んだ。普段の荒々しい感じではなく、珍しく静かな声で。
思わず胸が跳ねた。
再度襖が開いたと思うと、今日の宴の主であるはずの彼が、そこで心配そうな笑みをたたえ、中へ入り私の横にあぐらをかいた。
「元親兄様!なぜこのような所に?」
ケホッ、とまた咳が出そうになるのを手でおさえる。
わしわしと大きな手が私の頭を撫でた。
「ちゃんと大人しく寝てるか心配になってな。案の定…だな。」
ほらと元親が湯呑みを差し出した。両手で受け取ると暖かい白湯だった。
「少しは収まるだろ?飲め。」
コクンと素直に頷き、受けとった白湯をゆっくり飲み干した。
薬が入っているわけでもない、単なる普通のお湯だ。だが、ほぐれるように体が楽になっていく気がする。
「ありがとうございます。」
「いつ聞いても本当にそれは苦しそうだな。ったく、医者にかかれと何回言えばわかるんだよ。」
困ったように笑うしかなかった。
「そもそもお前は使用人でもねぇし、仕事を手伝う義務はないんだぜ?」
首を傾げて問われた。
「ここに住まわせてもらっているご恩がありますから。」
当たり前だと思っていたことをさらりと言うと、はぁー。となぜか彼はため息をつきトンっと私の額を小突いた。
「えっ。えっと…―」
「なんでこうもお前はいい子なんだよ」
スルリと髪を一房絡め取られ、愛おしげに見つめられる。
見つめられているのは髪だというのにどこか気恥ずかしい。
ちらりとその視線がこちらへ移った。
下から見上げるような上目遣いに心臓が早鐘をうちはじめる。
「もうすぐお前は16になるんだよな。」
「はい。」
突拍子もないことを言われつまらない返事をしてしまった。
「そうか…。」
会話が終わってしまった。
なぜあんなことを今更尋ねられたのだろう。
そんなことを考えるのを戸を叩く音が中断した。
ドンドンドンドン。
戸を激しく叩く音がした。
今日は訪問者がやけに多い。
ちらりと元親を見ると、構わねぇと言われたので返事を小さな声で返した。
「はい、どうぞ。」
引き戸の襖が引かれると、そこには見慣れた高見櫓(ヤグラ)衆の男がいた。
「やっぱりここにいらした。元親様!大変ですっ!毛利軍が港に!布陣を敷き、今にも攻め込まんとしております。」
ガッと一気に元親は立ち上がった。
「なにっ夜襲だと?…ッチ、あのやろう、卑怯な手使いやがって。」
元親の顔が険しくなった。
それと同時にこちらを見る。申し訳なさそうなのにどこか安心できる笑みは彼らしいものだった。
「真帆、着いててやれなくてごめんな。あいつらはここには絶対来させねえから、安心して待ってろ。すぐに片付けてくる。」
そう言って櫓衆の男に向き直る。
「野郎どもを集めろ。鬼ののシマを荒らしに来た奴らがどうなるか、思いしらしめてやるぜ。…じゃあ行ってくる。」
「御武運を…。」
最後にかけた言葉を聞いたかどうかもわからない。
元親はそそくさと櫓衆と外へ出て行ってしまった。
また…一人。
ガサッ。
(……!?)
何か物音がした。振り返るとそこに紫がかった黒頭巾の人間がいるではないか。
それが手を振り上げたと思うと首の辺りに衝撃が走った。とたんに私は意識を失った。
がたんと黒頭巾は彼女を抱え上げどこへともなく闇に紛れるように消えた。
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