黄昏の空は木々、家々、人々――地上のあらゆるものをうっすらと色付かせ沈むか沈まないかの狭間で揺らめいている。このフェンスの傍で私の隣に立っている彼も、彼の白い学ランも綺麗な橙色に染まっていた。その彼の艶麗な横顔を見つめながら思い出す。





『君』

『貴方は…』




振り向いた先、此処屋上に繋がる階段から出てきたのはとても綺麗な人。白と紫がとても似合う青年だった。




『…身構えないで。そのままでいいよ』



僕もこの空を見に来ただけだから―――…







「――大丈夫かい?」

「!あ、はい」




優しく促す声色に我に返る。と、目の前には彼の顔。横顔を見つめていた筈が互いに顔を向かい合わせてしまっていた。
そのアメジストのような瞳と目が合って。





「―――先程は、驚かせて済まなかった」



正面に向き直り彼が苦笑して。



「いや…声、掛けようか迷っていたんだ。とても気持ち良さそうに背伸びしていたから」

「…え?」



たらり、と冷や汗が流れた。
もしや全部見られてた?
一人でぶつくさ言ってるのとか全部聞かれて――…

そう考えただけで体が火照っていく。



「フフ、そんな照れる程の事じゃない。楽にしてくれたまえ」



淡い笑みを一瞬こちらに向けられて。直ぐにまたフェンス越しの空に視線が戻る。
そうは言われても…恥ずかしいものは恥ずかしいから仕様がない。そもそも人見知りの私が面識ない男の子とどうして一緒にいて―――



「あ!そういえば」



お名前、まだでしたよね?



そうだ、互いに名前も知らなかった。いや、この人は知っているのかもしれないが。
何故だろう。もし知っててもこの人なら“いい”。そう思える自分は何故なんだろう。




「ああ、済まなかった。名乗るのが遅れたね。
僕は3年1組竹中半兵衛」

「竹中…って」




私のクラスの毛利君と首席を争う秀才で――生徒会副会長
…て、凄く頭良い人じゃ…!



「どうしたんだい?僕の顔に何か付いてるかい?」

「いっ…いえ!そんなとんでもないです!!」



ブンブンと手で否定の意を表す。すると表情を緩め彼が笑う。その様は女の私顔負けに佳麗。見とれてしまうほどに。



「フフ、君は変わった子だね。悪い意味じゃない。
此処に来て空を仰ぐ君は僕と同じ事を考えてるように思えてしまってね」

「同じ…事?」



そう問い返していた。気付けばこの人の考える事が気になってた。



「図書館は万能じゃない。閉じ込められた空間で自分を閉じ込め、無言の圧迫に耐え続けていては、誰しも心が折れる」



「たまには――今在る自分を忘れて風に身を委ねてしまうのも悪くない。
“夕日”を視覚で、“風”を触覚で、“木の騒めき”を聴覚で捉える。僕の場合は当たり前に感受していたものを意識的に捉えようとすると、新しい見方が発見出来る事が多くてね。そうすると他の分野で何かしらの手助けになる気がするんだ。
―――済まない、長々と持論を連ねてしまったね」

「いえいえそんな!――半兵衛さん、凄いです」



考え方が凄い。これが学年で1、2を争う人の脳内。到底私には…真似出来ない…。
あれ、そういえば



「図書館行ってるんですか?」



もしかして、市民図書館?私の放課後の根城の。



「あぁ、町の市民図書館に」

「わ…私もです!あ、私3年2組雑賀浅波と言います」 



思わず声が大きくなる。しまった。何してるんだ私。何期待してるんだ私。何でこのタイミングで自己紹介してるんだ私。



「浅波君か。フフ、元気な子だね」

「…///」



予想通り彼が笑って私を見る。きっと彼の目には滑稽な女だと映っているだろう。




恥ずかしくて…言葉が出ない。

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