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『だから…それだけだ』



特別な答えが欲しかったワケじゃねぇ。
行動に新しさを求めたワケでもねぇ。

コイツが信じられる人間をなくしてきた結果、本心を吐露するのに時間がかかるやつだと分かっていた。
例え吐き出してもそれ以上に広げようとしないのは成り行きを恐れているのと、そんな自分を弱いと―――吐き出すことを弱さと思っているからだと知っている。
強さに固執するコイツだからこそ、誰にも許してこなかったからこそ認められないんだろう。

―――政宗は青琉に背を向けたまま目線だけ後ろに追いやる。その目は何か理解したように閉じると、



「そうかよ」



と呟いた。

―――雪が少しずつ積もる。話している間に政宗と青琉の髪には幾つも白い結晶が舞い降りていた。静寂を守りながら二人の隙間をしんしんと通り過ぎる淡雪。

ふと身動き一つせず黙座していた青琉が木刀を雪に差して立ち上がろうとする。
その時「そういや」と空を仰いだ政宗に動きを止めた。



「お前と刀合わせたのも安土ぶりか」



…と。横を向いて話しかけてくる。
その目がある時を追想して細くなり、



「あの時のお前は別人のようだった」

「…」



向けられた顔と目が合った。
独眼竜の言う事が、まさに抜けている自分の記憶だと分かる。
青香を斬り付けたという私の事。



『信長公の命だ。貴様の首、私が貰う』



(初めて会った時の何も見せないお前とも違う)



『貴様を殺す気で来た、―――伊達政宗』



(爆破寸前の感情を押しとどめていたお前とも違う)



ただ殺すだけを刀に込めた人形の様だった。



「ヒヤヒヤしたぜ、戻らねぇんじゃねぇかと」



まあそれ以前に血だらけでヒヤヒヤしたが、と言って失笑した。



「だが、」



そう置くと政宗が歩いてくる。驚いて青琉は顔を上げる。そんな彼女の前に立ち止まった。



「お前はオレの知るお前だった」



―――Thanks―――



「―――部下を助けた事、礼を言うぜ」



青琉の手を取り、引っ張って立ち上がらせる。

放心して流れに身を任せてしまっていた。
目の高さが近くなって漸く、言葉を咀嚼してばつが悪くなる。歯を噛み締めながら、視線ごと顔を斜め下に背けた。

あれこれと考えている間に丸め込まれたなど見苦しい抗弁。そんな事は分かっている。
でも大人しく手を取られた自分も、散々偉そうだったくせに急に礼を言う独眼竜も全て解せなかった。

どうすればいいか分からず動くことが出来ない私とは裏腹に、独眼竜は動じた様子もないのだから。



「……」



不意に青琉は一つの考えに辿り着く。
これを。



(強さと呼ぶのだろうか―――)



「傷も治ったみてぇで何よりだ」



政宗は青琉の小袖から垣間見える首元や手の甲に目を配り、言葉を連ねる。



「…Ah、大抵の傷は治るんだったか。かと言ってテメエを犠牲にするやり方はもうするなよ、you see?」



そんな並べられた言葉はまるで耳に入ってこない。

いつの間にか離れた手。
この手はいつも、私を引き留めてきた。



『お前には、関係ない!お前に…ッ』



あの雨の日も、そうだ。
一人で安土に乗り込もうとした私の前に覆い被さって行かせまいとした。



『…青琉』

『…独眼竜』




掴まれた私が返答に向けたものが刀でも、変わらなかった。
何度弾いても懲りずに私を掴んで、外れた道から元居た場所へと引き戻すのだ。

…だから私はまだ、



『あオ、…か』



人としてそうならずにいられる。
私が此処にいられるのはきっと、

(そうなのだろう)

―――風景は一面真っ白だった。気付けば庭は一心に降り積もる雪で、遠くもうっすらとしか見えない。
淡雪は細かく千切れた白綿のようで、急激に積雪の加速を始める。

≪―――はっ…は…―――≫と呼吸する自分の息も、白い。



(少し、―――冷える)



「―――ところで話って何だ?」

「!」




視界で曇っては消える息の中、自分の掌を見ていた青琉に唐突にその言葉はかかった。余程意図しなかったのか、心此処にあらずだったのか今までになく自然な瞠目で政宗を見上げる。
頬は寒さに当てられたのか少し赤く、寧ろいつもより血色が良い。どちらかと言えば雪景色にも劣らない色白さを持つ青琉が、皴の寄らない無意識な表情をしているのが珍しくもあり、
本当に綺麗だった。
―――というのは政宗の心の中に止めておく事である。

何もなかったかのように、すっと静かな笑みを浮かべて政宗は聞く。



「そんな驚く事かよ。お前、オレに用があって此処に来たんだろ」

「それは―――「政宗様!」



再び困った顰め眉に戻り、視線を地に投げた青琉に容赦なく大きな声が被った。
―――小十郎だ。



「此処におられましたか、お部屋におられないので探しましたぞ」



…お前も此処にいやがったのか、と特に驚く風もなく小十郎は青琉に言う。その姿はかなり急ぎだったのか、頭巾に小袖という畑仕事状態のままだった。




「どうした?」

「急用です」



どことなく真剣な顔に戻った政宗に、即座、小十郎が答えた。



◇―◇―◇―◇



「ふ、ふふ」



その頃、彼女の目には満天の暗雲が広がっていた。太陽も覆い隠す厚い雲はまるで赤が混ざり、不気味に地上に浮かんでいる。
まだ日中だというのに此処は常、常闇の微睡みにあるようだった。



「―――もうすぐ」



と言って、その空に手を伸ばす。



「青琉」



あなたと会える日も、



「そう遠くないわ」



―――それは二人が暮らした場所。思い出が咲く過去の残骸。
焼け爛れた跡地は廃れ、草木は枯れ、緑ひとつどころか他に人の気配すらない。
炭と灰の敷かれた、壊れてしまいそうな床に寝そべりながら潰すように手を握り締めた。

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