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ひゅんっと軽く風を切り、投げられた木刀を掴む。
その送り主に顔を向けるとすかした顔でほくそ笑んでいた。



「小十郎がなかなか目敏くてな。あの書全部に目を通さねぇ限りお前と会わせねぇと言いやがる」



またこの男はそんなつまらないことを…。

青琉の表情が途端に曇って引き気味になる。しかし、いつもの真顔にすんと戻ると口を開いた。



「…それはどうでもいいが、己の職務を全うするのは当然だろう」

「……」



政宗はじーっと青琉を見つめる。そして、



「―――ったく、可愛げのねぇやつ」



そう言い両肩を竦め、溜息を混ぜて残念そうにした。
だが返ってきたのがそれなだけに、内容よりも態度が青琉の気に触る。

こんなやり取りは今に始まったものでもない。
可愛げなんてものもどうでもいいが、どうも捨て置けない。

そんな青琉の沸騰を始めた脳みそに熱を注ぐように、すました顔に戻った政宗が野次を飛ばす。



「まっ、そんなお前だから揶揄い甲斐があるんだが」

「…!!お前……っ!」

「ふっ」



ああ、調子が狂う。
こっちは大事な話をしに来たというのに、ふざけた事ばかり抜かして…!
舐めている。…完全に私を舐めている。

そんな青琉の爆発直前の気持ちもお構いなしに、政宗は改めて青琉と向き合いながら片手の木刀をびしっと向けた。



「先に二本取ったもん勝ちだ。…いやお前は一本でいいか」

「…ふざけるな待て。私はやるとは一言も言ってない」

「ふ、いいねぇ。その顔、流石このオレの首を取ると豪語した奴だ。
…なら二本、取って見せろ―――よ!!」



政宗が先制する。一旦飛び出したら勢いは加速し、目を見開いた青琉に瞬きで迫った。
かんっ!と得物が交わる。青琉も堂に入っている分対処が早く、政宗の一打目を止めていた。



「話を…ッ」



拮抗する押し合い。これ以上の可侵をされないように、難なく手取られないように一気に突き放す。



「聞け!!!この馬鹿糞が!!」



後退して一二歩悠然と下がった政宗。慣れた様子で固い雪の上に足を運び、滑る様子もなく立っていた。だが余裕は忽ち、



「…く、」



と、忍び笑いに漏れる。



「―――HAHAHAHAッ!!」



それは忽ち哄笑に変わって、止まない声の中、青琉は再び困ったような顰め面で動きを止めていた。
一頻り笑い終えたところで政宗は木刀を肩に担ぐ。



「何だァ?馬鹿糞だ?普通糞馬鹿だろ」

「……っっ…!!
そんな事はどうでも―――!!」



特段意味などない戯れにも今の青琉の足引っ張りには十分だった。
辱められた気持ちになって焦ったように隠す青琉に即座、距離を縮めた政宗が迫る。
言葉は最後まで続ける暇なく、動きを無理やり合わせて受け止め、少しの沈黙の後、刀はずれ合って離れた。したし次にはぶつかってまた、離れて交わる。

(く…)

足場が安定しない…!

連続で斬り合う所作をすると雪で足元が滑っていた。噛み合う刀をずらすとその勢いで体勢を崩しそうになる。
独眼竜は力の向きの変わるこの動きにも物ともしない。
それが長きに渡る地の利を知り得るからこそだと理解するのは難しくなかった。

―――軽い剣戟が音を奏でる。その繰り返しを連続十合ほど重ねた。



「お前、自分で言って恥ずかしくないのか?」

「Ah?」

「糞馬鹿は認めるんだなと聞いている!」



改めて目の前で互いの刀を交差し、平行にしながら対面している政宗に問う青琉は最後には語気を強めていた。だが色々と不服なのか頬は少し上気している。



「…」



対する政宗は青琉の訴えを瞬時に解す事は出来なくて目を点にしていたが。直ぐにっと笑い返す。



「―――んなわけねぇだろ」



ばーか、という言葉と共に青琉の額を中指で弾いた。刹那思わず目を瞑って、体を硬くし一歩二歩と後退る。一瞬ふらついたがどうにか脚に力を込めて踏み止まり額を触った。放心はばっと上げた顔と同時に消え、政宗を信じられないものでも見るかのように括目している。
だが寸時下を向き、体の横の拳と刀持つ手をありったけの力で握り締めた。両肩もはたから見て分かるくらいには小刻みに震えている。
のそりと顔を上げた青琉の蟀谷には青筋が浮かんでいた。



「―――斬る」



政宗は寧ろ楽しそうに手を向けて、くいくいと指を動かす。



「come on!
お前との久々のdance、tension上がるじゃねぇか!」



腰を屈めて顔の横に両手で握った木刀を構えた。しかし今度は青琉が先に地を蹴り、飛び出す。上体低く振り向くように首から下を捻って、後ろから大きく弧を描いた一撃が政宗に迫る。そして。
―――ふわっと空高く風が舞い上がった。



◇―◇―◇―◇



「………ああ?」



空を見上げた。頭巾に当たって少しずつ染み込むのは大粒の柔雪。
畑作業をしていた小十郎の顔に降って、直ぐ溶ける。
ただ、空は先ほどまでの明るさを雲に隠し、灰色になりつつあった。



「こりゃあ…ひと雪降るな」



そう空を睨んで腰を上げる。



◇―◇―◇―◇



「―――はあああぁっ!!」



ひゅんっ!と青琉の突きが空を穿つ。が、政宗に当てる予定のそれは、横に滑るように逸ラされた顔の所為で叶わない。



「……!!―――、」



当たると確信して込めた勢いを殺すものがなくて、そのまま雪に埋もれるのをお互い予想した。


「!!」



だが、刃はぎゅるんと半身捻って政宗に向き直る軌道を描き、彼の刃とぶつかる。滑りを使って振り向くように半回転した青琉が対面した政宗に一撃を見舞った。咄嗟に政宗は防いだが、均衡は保てず青琉が先に滑って雪に尻もちをする。

―――しかし刀をびっと向け合ったのは同時だった。



「はっ…はっ…」

「お前、」



ヒュウと口笛を鳴らして、にっと笑う。



「いいじゃねぇか」



政宗の木刀は青琉から離れて体の横にぶら下がる。それが仕合の終わりだと察し、青琉も向けていた木刀を下げた。とはいえ息はかなり上がっている。冷気が忙しなく体に取り込まれて咳き込んだ。



「オレが一本、…さっきの返しを加えてもう一本はお前につけといてやる」



政宗はそう言い連ねていく。「Ah―…いいwarming upだった」と勝手に自己満足し始めるが青琉はたまったものではない。
折角の起点で切り返した一手も政宗には驚きと満足を与えるくらいにしかならず、そこで自己評価は大きく下がるのだ。

この男に私はまだ、届かない。



「―――こうして話すのも一緒に谷落ちした日ぶりか?」



しかし急なその声を拾って意識は突然此処に立ち戻る。
座ったまま俯いて物思いに耽ていた青琉が顔を上げた。
すると目に入ったのは、こちらに背を向けていた政宗で。



「懐かしいぜ。お前、オレを道連れにした割りに抜け方が分からねぇとか言ってたよな」

「…煩い、失念していただけだ」



それを聞いて政宗が一瞥してきて、直ぐまた顔を前に戻すと笑いを漏らしたのが見て取れた。どうしようもなく居たたまれない気持ちになる。反論すればいいのにそれ以上の言い訳を重ねるのが自ら負けを認めるようで何も言い返せなかった。



「お前がオレを手当てするような奴なんて正直思わなかったぜ。小十郎があれを見て何と言ったか分かるか?
“もしやその傷…あの女に!”っつって今にも追っかける勢いだったんだぜ?」

「…あれは本当に致し方ない事だっただけだ。私はお前にもらった塗り薬が必要なかった。だから」



…丁度良いと、己の失態を拭うにはお前に生きていてもらわねば困ると。そんな。



「…それだけだ」



そんな言い訳を重ねる。

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