83

大仏殿から各々が去った頃。政宗達から見て丑寅の方角―――鬱蒼と地を覆う木々の中に一か所だけ空に開けた場所があった。裸の地面が空と対をなしている其処で、



「はあぁッ!!」



鉄のぶつかり合う音が続く。

三好三人衆と青琉が戦っていた。
一人が刀で襲い掛かってくるのを両手で握った刀で止め、動きを封じられているところに左右から挟み込みで討たんと迫る槍をぎりぎりまで引き付けて、刀を押し返し飛び上がる。
だんっと着地した場所は間合いを十分に取れる距離で、敵三人を視界の中心に置いた。
そんな青琉の後ろでは良直が緊張した顔つきでおり、まだ気を失っている伊達の兵達は黒く焦げた床に横たわっている。



「しぶとい女め」

「斯様な事を続けても、」

「…はぁ…っ、はぁっ…」

「徒に苦痛を長引かせるだけだというのに」



獲物を逃した三つの薄刃が光る。ばらけていた三人が、横一列に並び、直ぐに縦一列に並んだ。
―――次が来る。そう予想するのは簡単で、どう動けばいいのか頭では分かっていた。
しかし体は追いつかない。
突如表れたいつもと違う力は最初の内は相手を圧倒し、足の激痛も紛らわしてきたもののそう長くは続かなかった。痛みが、冷えを上回って戻ってくる。
震える左脚が途端にがくんと体勢を崩した。その一瞬、地面に思い切り刀を突き刺してどうにか持ち堪える、が。



「はっ…はっ…」

「あんたもう無理だ!そんな体じゃ!!」



見るに見かねた良直はそう叫んでいた。己より、前線に立っている青琉の方が明らかに手負いだと理解できる。そもそもここまでして守られる理由にも欠けていた。

―――筆頭が惹かれた女。それが理由で今こちらに身を寄せているが、伊達との因縁は深い。
軍内部ではその行いに目を瞑れない者も沢山いた。良直もその一人だった。
殊更青琉自身、腰を低くなど全くなく他人な態度もいいところだった。
それが身を削って対峙するのを見て、少なくとも捕まった自分達への罪悪感は拭えない。



「…俺達の事はもういい」



死ぬ覚悟はある。それにこのままこいつに死なれる方がずっと後味が悪いだろう。

良直が意を決したのは、微動する眉間で見つめる顔が表していた。



「片倉様に伝えてくれ。…俺達」



ぐっと手を握り締める。



「筆頭のもとで、伊達軍でほんと良かったって…!!「ふざけるな!!」



…即行の却下だった。
驚きも突っかかりもする時間がない。良直はただ目を丸くする。



「そんな事…私が知るか…ッ」



呻くような呟きで、地に向けた言葉が消える。聞かせる気もないくらい霞んだ声は偶然良直の耳に届いた。
だが一も二もなく唸り声を上げながら、前のめりに青琉は駆け出す。一足進むごとに体を煽りつつも、走り出す前に引っこ抜いた刀は体の横に固定して前進する。
「…おい!?」と良直が手を伸ばすもお構いなしで、逆にぽかんと手を下ろした。



「…哀れな」



向かってくる青琉を見てそう零す。そして三人が一斉に突進をしてきた。



「終わりよッッ!!」

「ッッ!!」




先頭の長男が砲弾のような速さで風を巻き込みながら突っ込んできて、青琉の刀にぶつかる。土石と草履が摩擦してどんどん後ろに圧される青琉。衝撃の残滓が光の粒のように飛び散る中、歯を噛んで耐える。



「ぉぉぉぉおおおおおお!?!?」



その先にある良直が仰天して、腰を抜かしていた。音は止まる事なく、益々大きく迫ってくる。

次第にはっきりと見えてくる青琉の背中を為す術なく待つだけの良直。歯を食い縛る青琉。
その時、猛進只中だった三人衆が解け、勢いが途端に落ちる。
その機に目を、

(―――見えた)

大きく開いた。



「はぁぁぁあああああああ!!!」



一閃。―――夜の陰りに銀の軌跡が走る。横に解けた三人まとめて斜めに斬り落とした。
途端にその軌跡に並んで現れた氷が弓矢のように放たれる。



「ぐおおっ!!」



左右の槍二人はそれに弾かれ、撒き上がる土煙をも突っ切って遠くに飛ぶ。



「ぐっ!」



重心を落としていた青琉はそのまま地面に横倒れした。数歩、防御と後退を迫られるも一番近くで見つけた長男が体を起こそうとしている青琉を眼下にし、



「―――取らせてもらうッッ!!」

「!!」




静止はたちまち駆け足に変わる。青琉目がけて、腰に刀を引き構えて近付いてくる。
肘と手を左右でついて起こしている上半身。顔を向けて一瞬が迫る。
―――刹那。



「…ッ!!」



青琉は貫かんとくる刀に、半身捩じって平行に逸らす。その時躱しきれなかった脇腹を刀が掠めて顔を歪めたが、その手を掴んで引っ張りながら、目を剥いた相手の胸に空いた左手の刀を突き穿った。
砕けた氷の破片がきらきらと舞い、長男が吹っ飛ぶ。
その先の地面で、かくんと首が横向き動かなくなった。



「はぁっ…はぁっ…、」

「この…死ねええぇえッッ!!」



切っ先を空に向けて動けずに、地面に息を吐き出していた青琉へと凶刃が迫る。残った二人が鬼の形相で駆けてきたのだ。
急いで刀を持ち直し、片足を立てて立とうとするも。



「っっ!」



あと少しのところで力が抜けた全身ごと地に伏せた。刀がガシャンと跳ねる。 

(足が……っ)

動かな…―――。



「危ねええぇええっ!!」



刀を探して彷徨った手は震えながら握ったが、良直の声に顔を上げた頃にはまさに目の前―――飛びかからんと穂先を向けていた二人がいた。瞠目した瞳に月光を背にしたその剣幕が映る。

時が止まるような刹那。だがその姿は、

青琉に届く前に。



ずぶりと目の前で、消えた。



「―――…なっ…………」



開いた目を、閉じることが出来ない。
まともに呼吸することが出来ない。

何が起きたか分からない。



「…………」



【消えた】とは、正しくは【黒く染まった地面に落ちた】だった。
自分の目の前に突如表れた黒い沼、まるで水溜りのように揺れるそれが音ごと敵を飲み込んだのだ。

―――月が隠れる。黒い雲に隠れる。光が弱くなっていき、思考を停止した青琉の顔を陰が覆った。
同じような黒い揺らぎは視界に幾つも点在し、死の気配を濃くする。

…その先に人影があった。女を見つけた。
―――光の霞んだ空を見上げてぼんやりと立つ黒髪の女の姿。

彼女はほんの少し顔をこちらに傾け、昏く淀んだ目に青琉を映した。



◇―◇―◇―◇



「ッ小十郎!アイツが来てるかもしれねぇならなぜ早く言わねぇ!?」



煙の方角に向かっている最中の政宗が目を尖らせて横の従者に叱責した。
馬を奔らせて早数刻。そろそろ着く頃かという時に、出立前青琉とひと悶着あった事を聞いたのである。



「大事は政宗様の御命。あの体で赴く者の捨て身に兵は割けません」



しかしそう言い切る小十郎。横槍を入れる隙間もない。
いつもなら小言と捨て置いて流すも今回はむっとして横睨みした。

しかしそれも一時。すうっと怒りが静まってくると前を向き、冷静な顔付きに戻る。



「…根に持ってんのか」



じっと先を見つめて政宗は思っていた。
青琉の事になると、小十郎はいささか当たりが強くなる。いや、厳しさに磨きがかかると言った方がいいのだろうか。
政宗相手だとしても譲らない理由は理解していた。



「…彼奴は兵を殺しました」



その語調は恨みでも怒りでもなく、淡々としていた。それでいて的を得ていて、



「見せしめのように」



政宗は黙然と聞いていた。
青琉が起こした事は事実、伊達と相容れる事など決してない―――誰しもそう考える仕打ちだった。だからこそ、



「その落とし前はつけてもらう、それだけの事です」



小十郎の判断は公平に等しい。伊達に身を置くからにはけじめをつけろという事。
いちいちたてつく青琉には酷な話だろう。己の身の振り方を決める前に連れてきたのは政宗だが、松永のもとへ同行させろと迫ってきたのは青琉なのだから。これを機と踏んだのは道理である。
それが己を、伊達を思っての答えだと知っている政宗は静かに目を閉じた。



「…そうだったな」



『俺はテメエに剣を教えろと命じられた』



古い記憶が一瞬垣間見える。身分も関係ねぇ。コイツの核はそうだ。
似たような事で、



「ふっ…」



―――懐かしい。
馬を早める政宗。小十郎より前に出て、離れる瞬間。



「心配いらねぇよ」



という彼に小十郎は微かな笑みを見た。



「アイツは分かってる。テメエが起こしたツケの払い方ぐらいな」



振り向いた政宗が言った。腕組みのまま余裕顔に戻っている。
小十郎は無言で見返すが、すぐに瞼を閉じた。
そして眉間を凹凸にし、かすかに空を見上げるような仕草は“やれやれ”と小言にすらならない諦めも含んだせめてもの訴えだ。
しかし政宗はいつもの事と取り合わず、さっと前に向き直り「…にしても」と、目を宙で止めて考え込んだ。



「もしアイツがホントに向かってたら面倒だな。このrootで鉢合りゃいいんだが―――」



と緩い曲がりめを進む政宗が言いかけたその時。
道幅が広くなってきた行先で、月明りの下、うろうろしている人影を見つける。



「!?お前ら!」

「―――、筆頭ッ!?」



咄嗟に馬を止めた。目を大きくした政宗に続き、一瞬遅れて弾かれたように向いた奴らの顔はしゃちほこばっていたが半頬を付けた文七郎と髷を頭頂に止めた孫兵衛だった。
顔は土煙を散らべているが元気そうである。



「無事だったか!他の奴らは?」

「無事っす!!」

「俺達よりアイツが!!」



≪青琉が!!≫

と、孫兵衛に続いた文七郎が政宗を焦った顔で見上げた。



◇―◇―◇―◇



良直と左馬助は各々違う向きで俯き、無言でいた。朝焼けが見え始めた空は二人の顔に明かりを差す。その場に、



「…―――お前ら!!」



と呼ぶ音が近付いた。ばっと上げた顔は、



「筆頭オォッ!!」



眩い希望の光を見たように輝く。
馬に乗った政宗が見えた。その後ろには小十郎、そして二人を追う文七郎達が走ってくる。

良直と左馬助に囲まれ目に入った青琉は、地面に仰向けに横たわり瞑目していた。手綱を引いて止まると素早く降りて、構わずその上半身を起こす。



「すいやせん…俺達が捕まっちまったばっかりに」

「でもコイツ、俺達を助けてくれたんです!松永の手下から!」



矢継ぎ早で喋る彼らを横目に、見えてくる状況が政宗の言葉を止めた。

…驚いた。

(この足で此処まで来たっていうのかよ―――)

目線は凪いだまま青琉に落ちているものの、俄かには信じられなかった。
疑念に答えるように左馬助が良直の言葉を引き継ぐ。



「そうなんです!ボロボロになりながら戦ったって」

「良直が!」



と、三人は声を揃えて良直を見た。本人がこくりと頷く。



「松永の手下は倒せたんっすが、…後からコイツも倒れちまって」



全然目、覚まさねえんでどうしたもんかと…。
と言葉は途切れる。
その時、ころんと硬い何かが地面に転がった。
―――青琉の手から抜け落ちたのは銀の楕円の塊だ。



(こいつは―――、)

「――――うっ…、」



思った刹那に自分の懐をまさぐるが、その矢先震えた瞼。政宗の目は下に向く。寄って微動した眉はすっと緩み、青琉の瞳を細く覗かせた。「おお!?」と周りが仰天に沸く。
微睡みから呼び起こすようにさらに身を乗り出して、政宗は。



「青琉」



と、落ちた銀の塊ごと手を握った。



「………、」



青琉がぼんやりと彼を見上げて目を閉じる。



「…終わったの…だな…」



言う表情は少し穏やかに、安堵しているように見えた。



「あぁ」



政宗は薄笑いで見下ろすと直ぐに顔を上げて、「皆無事だ!―――帰るぜお前ら!」とぐるりと良直達を見渡して言った。「おおお!!」と、歓声に拳を上げた彼らの顔は生き生きと活気を取り戻している。

空が薄く、地平線から光が広がってくる。彼らを馬上から見守る小十郎に風が緩く寄せて、頷くように目を瞑った。

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