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ザシュッ!と一直線に断つ。そして開いた隙間から刀を振り下ろした小十郎の険しい顔が現れた。ぎろりと睨み付けて次の瞬間には真逆を向いて青光な稲妻で別の大勢を屠る。

―――そこは戦場だった。雲かかる月下、不気味に霞んだ大門を前に人が紛乱し騒然としている。爆弾兵に弓兵―――兎に角、数が多く混戦する個々では同様に佐助も戦っていた。



「よくこれだけの雑兵を集めた事で…!」



大きな手裏剣で即座に間合いに立ち入る敵を刺殺すると、他所をぐるりと一掃してきたもう一つの手裏剣が手元に戻り、次を二刃で斬り伏せた。両手が溢れ返る人波を忙しく撫で斬りにしている。

松永久秀。力を持ちながら天下には名乗り出ず、信長の跋扈した天下で鳴りを潜めていた男。
日ノ本の何処でそうしていたのかは不明。ただその悪名は高く、突如現れて希少な品を奪い、燃やし去るというものだった。探索の痕跡を残さない手腕は、信長を警戒する各々の軍に更なる憂慮を生み、小気味悪さを漂わせていたが―――。
噂では囲炉裏に籠って骨董品集めをしているとか何とかで、この兵力を蓄えていたとは、…甘かったと佐助は反省する。



「―――…おらアッ!!」



≪ドオンッ!≫

―――電光を帯びた突進が人の波を割った。そして火花のように敵は散って道ができている。大凡片付き、地に立つ数は半分を切っていた。



「…話にならねえ。―――早々に進ませてもらう!」

「…」



もくもくと上がった煙から顔を上げた小十郎は早くも門前に差し掛かっていた。自分も遅れは取れないと、



「さあて」



―――と佐助は前を見る。



「…旦那、楯無鎧を乱暴に扱ってなければいいけど」



と言いながら近づいてくる諸々の兵を目は映す。我先にと走ってくる者数名。しかし彼らが刀を振るった瞬間、佐助は地中に吸い込まれたように消え、驚いた時には彼らが吹き飛んでいた。
佐助がたっと地に足着くと、ゴゴゴ…と重いものが動く音がして反射的に振り返る。門が開き始めていたのだ。見事小十郎が突破したのだろう。小さく横顔が見えたが、一歩足を引いて身構えると彼は門に消える。



「こっちは知らないってか」



苦笑したところでまだ手向かってきた軍兵を真顔で見渡した。叫んで向かってくる彼らの胸には苦無が刺さり、ばたばたと倒れる。



「行かないとね」



背を向け、たんっと地を蹴った。小十郎の後を追う佐助の背後で立つものは、もう誰一人としていなかった。



◇―◇―◇―◇



小十郎は次の門を中央に見据え、一直線に進んでいた。
刹那。その目が火花と共に後退を強いられる。



(!…何だ?)



がんっと硬い、殺傷力のある何か。
しかし息つく暇を与えずまた攻撃が飛んできた。今度は見えない何かが、それを操る誰かと共に直に来る。そして目の前に、いる。

(………―――、)

眉根を顰めて、僅かに見えたのは灰色の―――。

(…羽?)

ひらりと落ちていくそれを視線だけで認めた時、瞬速の打ち合いが始まった。敵は空中で連撃を叩きつけ、小十郎も表情ひとつ動かさずに対処する。

(!?…この感じ―――、)

佐助が門を潜り見つけたのはその最中。小十郎が足を止めて接戦を強いられている相手。舞っている暗色の羽は。



「竜の右目!」

「!」




小十郎は聴覚だけ傾けた。すると佐助が此方に向かってきている。



「そいつは風魔だ!真面に相手してちゃきりがない!」



風魔、と呼ばれた瞬間に小十郎の対峙していた男―――風魔小太郎は一度身を引くかのように消え失せた。急に交える先をなくし、小十郎は驚いて切っ先をぴたりと宙に止める。そして間髪入れずに佐助が大きな煙玉を地に投げつけ、景色は白く変わった。



「風魔だと?」



揺らめく濁り色の中、難しい顔をして小十郎は呟いた。その近くに佐助が着地する。



「北条に付いていた忍だ。相当やる」



さらりと声こそ平坦に喋った佐助だが、眉間は珍しく顰められていた。

(しかし)

松永についていたとはね。

―――そう思惑を巡らす訳は、武田と北条の因縁にある。織田が浅井を取り込む前、武田は北条を討ち取っていた。その時に鉢合わせたのが伝説の忍―――風魔小太郎だった。
北条氏政を前にした信玄の前に現れ、今回のように急な攻撃を仕掛けてきたが、伝説の忍も信玄の前では赤子のように吹っ飛ばされ、それ以来行方は知らない。
まさかこのような形で再会するなど…と言いたい佐助だったが。



(仕方ないかー…)



「アンタは行きな、竜の右目」

「ぁあ?」



そうも言ってられない。

視線をぶつけてくる小十郎に佐助は立ち上がりながら答えた。



「忍には忍―――此処で二人足止めされるわけにもいかないだろ?真田の旦那に言伝を頼む」



佐助は前を注視し、両の手を後ろに引いてぐっと構えた。



「くれぐれも鎧を大事に、とね」

「…承知した」



瞬時に佐助が白中に飛び消える。そうすると閉じていた目をすっと開けて小十郎も走りを再開した。
小十郎の耳には後方からの甲高い音が遠くなる一方、爆撃が近づく。



◇―◇―◇―◇



「おおおおおおおおおおッッ!!!」
「らあああああああああッッ!!!」




赤と青の渦を巻いて、必死な形相をした二人が飛び込んだ。その先には直ぐ久秀が睨み笑って≪ガキンッ!≫≪ドオン!≫と連続する。政宗と幸村の同時攻撃は彼の刀と噛み合って、衝撃が大きな穴となり土を巻き上げていた。
まだ刃を押し付けている二人を、カタカタと自身の得物を鳴らしながら防ぐ久秀だったが「ふん!」と押し切り、弾き飛ばす。隙無くぱちんと鳴らして爆発を起こした。



「―――苛烈、苛烈」



業火の明かりを浴びながら、



「よく粘っているものだ…だがそこまでして何になる?」



悠然と言う。ボロボロと崩れていく塀を支えにして踏み止まっていた幸村は二槍を手前に交差したまま息を切らしていたが、下げていた顔をばっと上げる。



「若虎よ…卿にとっては時間稼ぎでも無為だ。私はいつでも彼らを殺せる」

「―――っ!!」




その目には、隅に避難し身を寄せ合っている武田の兵達が映っていた。
幸村の纏う空気が更に強い怒りを表す。



「さあ、どこかね独眼竜」



じろりと爆破した周囲を久秀は見渡した。



「取り返すべき卿の兵はもういない…。早く亡骸を見舞いにいきたまえ。私に楯突くその爪の役目ももう潮時だ」



幸村は考えていた。それゆえに黙って怒りを燃やし続けていた。

相手は強い。本来なら強い者との戦いは血が騒ぐものの、この男との戦いにそれはなく、兵を背にすれば十分に戦えず、兵と離れれば一時の油断で失うかもしれないという焦りが決定打を欠いていた。



(きりがない…!)

「…shut up」



その時、ぼっと煙の中から誰かが飛び出した。幸村は目を大きくして横を見る。



「政宗殿!!」



久秀に突っ込み、瞬時に刀がぶつかった。それを二合、三合と止めずひたすらな打ち合いが始まる。



「てめえには借りがある!」

「…ほう?」




久秀は目を細めた。



「忘れたとは言わせねえ」



『ごきげんよう。若き主よ…』



あれは。



『卿からはその“右目”をもらおうか』



まだ寒い寒い雪で覆われていた頃の話だ。



「奥州はデカくなった。アンタが燃やした、あの冬よりずっとな」



がんっ!と強く打ち付ける。すると一歩後退る久秀の刀に小さく亀裂が走った。



「だから」



ガキンッ!



「届かせるぜ今度こそ」



ガキンッ!!

―――政宗の一合一合が、かち合う刹那にバチッと青白く迸る。



「竜の爪―――とくと食らいなァッ!!」



即座に政宗は刃を引いた。その時幸村の横を誰かが凄まじい速さで通り過ぎる。



「「松永ああああああああっっ!!」」



青を膨らませた政宗と小十郎が久秀に刀ごと突っ込んだ。それを防ぐ刃と二刃の均衡は一瞬。
バキッ!と久秀の方を折り、彼は目を見開いた。雷を纏う二人の勢いはまるで嵐のように咆哮を掻き消し、白く辺りを飲み込んだ。

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