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≪どおん≫≪ごおん≫と、低い地鳴りが夜の閑散な世界に戦の軌跡を刻んでいた。
木々生い茂る森の何処かで焼け野原のように燃え盛り、眼が眩む燐光が攻撃的に辺りを照らしている。陰影に大きな揺さぶりをかけ、その中で二人の姿が見え隠れしていた。
近付こうと走るのは政宗と幸村。爆発が火薬を散らし、ひっきりなしに足元を吹き飛ばし、身丈よりも大きな火焔を上げている。
それでも上手く躱しながら駆けて駆けて、前後左右に振られる視界の中央で不敵に笑う松永久秀が見えた。
「―――haッ!!」
詰めていた距離を大きく飛び込んで更に詰める。
久秀の目に、宙で一振りを引き構えて、かっと目を見開く政宗が映った。
攻撃が届くまでのほんの一瞬。しかし政宗の目には擦れる二本の指が映り、はっとする。
パチンッ
刹那の無音。途端に爆発が政宗を遠ざけた。まるで爆撃という壁が彼を弾いたかのように。
「―――ッ…」
爆風に煽られて屈む形で空中逆行をした政宗が、眼前で交差していた腕をゆっくりと解きつつ着地する。直ぐに構え直して走り出す手前、追い打ちの爆破が彼を襲った。
「政宗殿!!―――ぐっ!!」
同じく炎を掻い潜っていた幸村が脇見をした刹那、すっと入り込んできた剣が重く振りかかる。
「…他人を気にかける場合かね、武田の若虎よ」
片手でありながら押し潰すような圧が、防御に徹する二槍の刃をぎぎぎと削る。
「仲間を人質にした貴殿は決して許さぬ…!」
「…ふっ」
幸村は睨んで槍に力を籠め続けるが、両手で押し留めている幸村の得物を久秀は着々と押し込んでいた。
しかしその笑みはすぐに消え去る。ばっと横を見上げると煙の中からバリバリと青い稲妻が近付いて、瞬きも許さない間に煙を飛び出す人影があった。宙高くから久秀を見下ろし、手には六の爪を振り被る。
「Death―――Fang!!」
しかし久秀は幸村を蹴り飛ばし、向き直る拍子に雷撃を纏った三爪を受け止めた。激しい衝撃と雷とが、空中に散っていた大小の岩々を倍に砕いて舞う。それも束の間、揺蕩うような刹那に政宗の視界が飛散する火薬を捉え、ドオンッ!とまた爆発が起きた。
「く…」
左右に刺している槍を支えに片膝付いていた幸村。その側にざーっと草履を滑らせて着くのは政宗だ。咄嗟に飛び退き致命傷はないが、顔には煤と若干の掠り傷が残る。
政宗は防いだ片手三爪を、煤落としでもするかのようにぶんっと振り払った。
「Ha…へたれてんのか真田」
「左様な筈あるまい…!」
政宗が口を開くと即答が返る。とはいえ幸村も煤と掠り傷だらけで、手の甲で鼻を押さえていた。
どのくらい戦い続けていたのか。炎が木々を焼いて、幸村の行く手を防いだのはもうかなり昔の事。
松永久秀。戦国の梟雄と言われている男。
だがしかしその正体は謎に包まれ、一国を脅かす力を持っていながら鳴りを潜めていたがこうして急に現れた。
「…」
香なんてせこいものを加味しなかったのが仇となっていた。隅に置かれたあれが厄介だと気付いた時には面倒な事になっている。
効果からして麻痺の類だろうと政宗は勘付いていた。あまり息を吸わないように戦っている彼とは違い、幸村は全力。回るのが早いのは膝を付いている姿からして察する。
「この楯無鎧に傷を付ける事は避けなんだ」
しかも今だに鎧の入った筒を背負って戦っている。地面に置いて爆発に曝すわけにもいかず、かといって松永に差し出すわけにもいかないからだ。
政宗は正面のまだ上がる煙の向こうに顔を向けた。幸村と同じ視線の先を目を凝らして黙視する。
数えきれない爆発は向こうが見えないほどの煙を充満させて、人気を紛らわせていた。
「一体いつまで続けるつもりかね」
ふと前方から流れた声に表情を引き締める政宗と幸村。
「卿らが大人しく楯無鎧、六の爪を渡せば済む事だろう」
煙の中で色濃くなる久秀の姿。以前変わらず片手を後ろに組んで、残った片手は得物を携えている。何の支障もなく歩いてくる様子からして、この男は香の影響を受けていないようだった。荘厳な模様を施した長剣を構える風もなく、ゆっくりと歩いてくる。
「さあ」
腰にあった手を乞うように差し出して、
「渡したまえ」
薄らな笑みを向けた。
「…真田」
久秀を見つめたまま政宗は小さく呼んだ。遠いようで、詰められたらあっという間の間合い。幸村が一瞥する。
「アンタはアンタの仲間を助けろ」
幸村は目を丸くした。そんな顔にも政宗はぴくりとも動かず、あくまで久秀を注視したままだ。
「政宗殿は?」
返事は真っ先に、くっと力が込められた柄が示していた。
「直接、―――聞きに行く」
目を細めた政宗に幸村は頷いた。後は阿吽の呼吸のように、ばっと一斉に飛び出す。
「…つまらぬな」
細められ、冷たさを増した瞳がじっと上向く。
膨らんだ花の蕾が一気に咲き乱れるように、久秀に向かう政宗の行く手に幾つも爆破した。それを左右に飛んで避けて、地に着いた一歩を強く上空へ蹴り上げる。
久秀の見上げた先には政宗の姿があった。六爪はいつしか抜かれ、振り下ろす直前にある。
「…馬鹿が、」
口元だけを嘲りに歪ませて、声に含んだせせら笑いはひと度撒かれた火薬の所為で炎に一変する。
火焔玉と翳した六爪が、耳を劈く音と共に激しくぶつかり合った。
「政宗殿!!」
仲間の元に辿り着いた幸村は振り向いて声を上げていた。奥歯を見せるぐらい力をかけて押し込んだ刀。しかし。
まるで久秀の手から吐き出された火焔は目の前を広がって飲み込んで、さらに大爆発した。
銀の煌めきが舞い上がり、
ドドドッ!!
無造作にばらけて地面に刺さる。政宗の刀だった。
煙の中で静かにそこに佇み動かない。その内一本を久秀が抜き取ると、見定めるような哄笑で眺めた。
「漸く一つ…。
―――!」
刃が煙を突き破り差し迫る。咄嗟に久秀は自分の刀で受け止めた。
「アンタが触れていいモンじゃねぇ」
そこにいたのは政宗だった。上げた顔はさらに煤けて傷を負い、前立てはなくなっている。一歩も引かせない力が込められているのを、均衡を保つ各々の刃が震えて示す。
「鋭い一刀だ…だがまだ。
…軽い!」
押し返されて、息が詰まった。留まり切れず傾いた体は、少し痺れてきた体の所為だと理解する。
反応が遅れた政宗をいい事に、勢いづいた久秀は何度も斬り付け刀を振るう。それを随時受け止め火花を飛ばし、政宗は対処するが、防ぐごとに片足が後退し、眉間は険しくなって不意に目を見開く。
久秀はぐんと足を引っ込めた後、発砲するがごとく思い切り政宗を蹴り飛ばした。
「―――っ!」
胴にかかる衝撃で一直線に塀に跳ね返る背中。すると助けた仲間に「頼む!」と楯無鎧を預け、久秀に飛びかかる幸村。
横から現れた幸村に急ぐ風もなく向くと、久秀は瞬時にぱちんと鳴らした。手にあった政宗の刀を投げ捨てて、爆発と炎の二突きがぶつかって即座に膨れ上がり大規模な爆炎へと一変する。
炎に弾かれてだんっと着地したが、爆風に押されて身を屈めた。
「うおおおおおおおっ!!」
再び飛び込んだ。その間に政宗も煙から飛び出る。幸村と政宗―――双方が久秀を挟み込むように迫って、彼は伏せていた目をすっと上げた。
次の瞬間、政宗と幸村の前で爆発が起きる。そして誘発されたように爆撃が一帯で巻き起こり、辺りを照らし上げた。
「うおおお…!」
「幸村様ああー!」
爆風は駆け抜けて広がる。塀に背中を預けて身を寄せ合っている武田の兵達は、楯無鎧を囲んで動けずにいた。
ざーっと草履を地面に走らせて、双方は再び久秀との距離が離れるが致命傷はない。
久秀は火の切れ端に見える武田の人質を一瞥する。
「やれ…助かってしまったか」
「貴殿は此処で…倒す!」
幸村が飛び出す寸前の中、片手の三爪を久秀に向けて政宗が言った。
「返してもらうぜ」
「…」
「アイツらはどこにいる」
「…卿の部下達の事、か」
揺らめく炎が無言の間を埋める。久秀は瞑目し、鼻を鳴らした。
「…言っただろう?刀と鎧との引き換えだと」
「―――舐めやがって」
睥睨して刀を構え直す政宗。刹那。
片手高く掲げた久秀はその指をぱちんと鳴らした。
すると三人の後ろの大仏が頭から爆発する。
「時間切れだ」
暴風が政宗と幸村を後ろへ押した。飛んでくる礫に再び片手で顔を守る二人は厳しい顔をして留まっている。
炎を背負った久秀の深い影が、彼の憫笑を浮かび上がらせた。
「残念ながら卿らからは仲間も宝も差し出してもらうとしよう。…なあに、彼らはもっと静かな場所で安らかに死を迎えるだろう」
チッと舌打ちをした。自分を見て言う久秀に、掠めていた可能性、最初から此処にアイツらはいないという予感は的中する。
それでいて奴を倒さない限り助けにいけないのだろうと政宗は苦笑した。
だからと言って焦りを見せてはいけない。舐めた真似をされて黙って背を向けるわけにも、アイツらを死なせるわけにもいかない。
「姑息な貴様の思い通りにはさせん!仲間も鎧も守り抜く!!」
「なあに皆一緒だ。卿らも直にいく」
「―――うおおおおおッッ!!!」
政宗と幸村は同時に構えて駆け出した。
◇―◇―◇―◇
そんな政宗の鋭い目と同じぐらい、顰めていた目で青琉は前を直視していた。馬は蹄を蹴り立てて駆けている。
「うっ…、」
時折、その揺れで痛みがぶり返して表情はどんどん険しくなっていた。手綱を掴んでいるだけでやっとで、道なりに先を急ぐ事だけを意識に留め置く。
髪も結らずに飛び出してきた所為で、風の好きなままにされるそれが度々向こうを遮って鬱陶しい。ほぼ馬の首に凭れかかっている状態で見える景色は、自分を中心に切り開かれていく木々のみだ。まだまだ先は遠い。
じわりと腿の包帯に染みる血。それが分かる感覚が青琉の心を逸(はや)らせた。
両手で持っている手綱を強めにばしんと叩く。
それが良くなかった。
「…!!」
嘶くと直ぐに、ぐんと速さが増す。しがみ付いていた手が滑り、勢いに体が起きるとそのまま手綱からも手が離れてしまって投げ出された。
「―――…、」
時間が唐突に遅くなったように感じる。
落ち着く場所をなくした体は視界から外れていく馬を他所に、さんざめく夜空に手を伸ばすも為す術なく地面に吸い込まれていく。呆然と目を丸くして落ちていく。
どんっ!という衝撃。頭に響き、地に背が跳ねるがてら視界が二重になると、声も出ずに力が抜けた。くっと寄った眉も無為で、すっと目が閉じ気を失ってしまう。
蹄の音はみるみる小さくなり、馬は何処かへ走り去っていく。
かくんと首を沈めて、穏やかな顔で動かなくなった青琉の手の傍で楕円の塊が光っていた。
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