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あれから再び出陣した。目的は伊達政宗の首。
一度二度三度四度…と相見え、次第に奴の領地に侵攻する。その度に片倉は眉間に皺を深くしていたが、独眼竜―――奴は不敵な笑みを絶やさない。今まで見てきた武将共のように焦るか、怒りを露にするのが普通だと思っていた私にとって、不測の事態だった。今まで仕留めた武将共と違う何かに心を揺さぶられる。
…しかし僅かだ。ああいう輩はそのうち命乞いをする。
――――織田の前には誰も遺らない。
「hey!来ると思ってたぜ」
飛んできた陽気な声。黙ってその声の主を見据えると丁度私がいる崖と吊り橋を挟んで反対側に独眼竜が、伊達軍が居た。
「此処を渡るつもりなんだろ」
「だったらどうする」
「悪いが帰りな、此処から先はアンタ等のような人間が入るところじゃねぇ」
「ふん、此処まで敵に易々と侵攻されておきながらよく言える」
間髪入れずそう言い返してやった。―――言葉が口をつくままに。
「“易々と侵攻されておきながら”だと?」
途端、喉を鳴らして俯いて笑う独眼竜。釣られるように後ろの兵達も笑い出す。
その様子に、表情には出さないものの小さな苛立ちが芽生えていく。
政宗は笑いを口に刻んだ顔を上げ、鋭く光る隻眼で青琉を見つめた。
「そりゃそうだ。易々と侵攻させてやったんだからな」
「……何?」
目を剥いた。
「まさかあれが伊達の全力だと思ってたのか?what a bummer!アンタは見事誘い込まれたって訳だ」
「……!!」
波を止めていた心が一変し落ち着かなくなる。気持ちを煽るかのように、一瞬にして周りを取り囲む数十の忍の気配を感知した。
(この男…っ)
ぎりっと歯を噛み締める。
何なんだ。
―――自信を目に宿して見てくる奴がいる。
今まで優勢だと思っていた自分達が突然敵の掌で踊らされていたと知り、小さな苛立ちは途端に大きくなって。久しぶりに煮え滾る怒りを寸前まで留め置く。
何故だ?
何故こんなにも腹立たしい?
向け場のない怒りは命じる声を荒らげ青琉の顔をさらに歪める。
「…お前達は別路を行け。回り道になるが必ず城下へ入れ、侵攻を止めるな!」
「はっ」
一方で、
「―――小十郎」
「はい」
「お前等はもう一方に行け。奴らはそこを通らざるを得ねぇ」
「はっ」
「あんな女ぶっ飛ばしちゃって下さい筆頭!!」
「任せたぜ」
「御武運を」
伊達軍も動きにかかる。ただし一瞬だけ、政宗の命を受けた小十郎が抗議しようと表情を曇らせたのを青琉は見逃さなかった。
引き結んだ口を閉ざしたまま、各々の兵が同方向へ走り出すのを見届けると、暗く深い谷底と吊り橋を挟み二人だけになる。
「―――漸くperfectな舞台になったじゃねぇか」
「何のつもりだ」
一国の将が部下一人付けずに戦いに臨む等。
そう言ったのは、あの腹心の胸中と大差ないだろう。
誘いこまれた、という煽りは受けてやろう。しかし、だ。
だとしてもこれほど敵に侵攻された状態で、万が一という事も有り得る中で、この男は己の好奇心と闘争心で私とのサシの戦を選んだということになる。
何を考えている?
「…っ、」
意味が分からない。
―――答えを聞くより先にただただ苛ついていた自分がいた。
そんな青琉の気など知らない政宗は一瞬目を丸くしたかと思うと、腕を組んだまま再び喉で笑い出す。
(何が可笑しい?)
腹が立つ。
その含んだ笑みに、何も知らない癖に私を笑う笑みに、矛盾して何か見透かされている気もするから。私はまだ負けていないのに、敗北感に苛まれる。
政宗は「アンタ」と馬を降りながら続けた。
「前から思ってたんだが、真面目だと言われねぇか?」
「……」
「coolもいいが、もう少しflexibleにならねぇと」
独眼竜は落とせないぜ?
と言葉を切った。その挑発がますます私から柔軟さを奪う。
「黙れ」
馬から飛び降り、バッと刀を引き抜いた。
「伊達は落とす」
「ah?どうした、随分と殺気立ってるが?」
政宗も一本抜いて互いに吊り橋へ足を踏み出す。ぎぃ、と軋む縄と揺れる足場が命の灯火を量る天秤のようにつり合いを求めるも二人の足は止まない。
「私は…」
『信長公の意向に添う働き、期待していますよ…青琉』
「織田軍の…青琉」
(お前のような強い“光”は消さなければならない)
それは一種の本能だった。
「伊達政宗、貴様を屠る」
「青琉、か…いいねぇ。アンタとは一度サシで戦りたいと思っていた」
すっ、と刀を構え立ち止まると青琉も足を止めた。
「…が、首はやれねぇ。この先は民がいるんでな、アンタの仕事はここでfinishだ」
刹那同時に動く。月下、弾けた火花は暗闇に残滓を残し互いの刃が乱れ舞った。
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