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「―――…ほう」



信玄の耳にその知らせが入ったのは明くる日、明朝だった。
青琉が意識もしっかりと、目を覚ましたらしい。
そして驚いた事に、話を聞きに行った昨日とは異なり、自ら話があると持ちかけてきたのだ。



◇―◇―◇―◇



「…私の知っている事を話す」



強い眼差しを真っ直ぐ向けて、そう言った青琉に八つの目が集中した。
政宗と小十郎、信玄と幸村―――両軍が青琉の布団を隔てて向かい合うように座っている此処は、青琉にあてがわれた一室だ。



「此度の戦で、…織田が画策していた事。そして、」



少し俯いて首の包帯に手を添える。



「青香の事。―――お前達は知りたいんだろう」



僅かな間を置いて青琉は再び顔を上げた。強い意志を持った目は今だろくに動けない怪我人とは思わせないものだ、と幸村に感じさせる。



「…聞けるとあらば」



第一声、



「話してもらおうではないか」



答えたのは信玄だった。平生と変わらずその場にどんと構えて座っている。威厳があるその傍らで幸村も口を開いた。



「某も是非お聞かせ願いたい」

「…」



『…武田に話すだと?』



喋り出した武田方を見ながら政宗は思い出していた。そもそもこの会合は青琉があんな事を言い出したがために開かれたのだ。

コイツは今回の戦の事や、明智と青香の事…おそらくオレを含め皆よくわからねぇ出来事の仔細について話すと言った。それだけでもあっさりとそんな言葉が出てきたワケだから驚いたが、伊達onlyでなく甲斐の虎を含めて場を設け、話したいと言ったから待ったをかけたんだが。



『知れようと些末な事だ。…いずれは此度の手当ての礼、要求されるだろう』



事情は小十郎から聞いたらしい。…だとしても、



『それに此処は武田の屋敷だ。武田にだけ秘密裏にしておくのは容易くあるまい』



早ぇ。
それが気になった。また何か考えがあって一人動こうとしてるように見えた。一方で、



『それに私は知りたい。これからのために。私が話すことで何か手掛かりが得られるかどうかを―――』



今までと何か違い、これからに生を見てると思ったのも嘘じゃねぇ。だからか、



「…じゃあ早速聞くぜ」



―――見たくなった。



「お前が姉と言う、青香って女―――何者だ?」

「……」



青琉がじっと政宗を見て口を結ぶ。一気に緊張が走って誰もが構えた。
幸村は正座で両の拳が乗る各々の膝を押しつつ前のめっている。小十郎はいつもと変わらず厳しい表情で少し眉が寄せられていた。信玄は組んでいる腕をそのまま、目に彼女を映す。



「…」



誰もが沈黙の結果を待った。最初の一声があるまで誰も追及するつもりはないと、動かない空気が青琉に知らしめる。
―――すると漸く青琉がゆっくりと目を閉じた。



「…殺されたと思っていた、私の姉。そして、」



ぎゅっと布団を握り締める。



「私が追ってきた、本当の仇だ」



◇―◇―◇―◇



ばちっ!と勢いよく目が開いた。一瞬震え、即座に体を起こす。
―――それは日ノ本のどこか深い、闇の中。



「…くっ…、」



勢い余ったせいで傷が開いた。斬られた肩がまた疼く。焼け付くように辺りの神経も刺し回して、この傷ができた時の事を否が応にも思い出させた。手で押さえても痛みが引く様子はない。



「…」



眉間に皺寄せて、何かを見るのでもなくじっと目を開けていた。

木魚に天蓋(てんがい)―――かつては栄えていた此処にある品々も今となっては闇の中で鈍く光る不気味さの一部だった。どうにかこうにか火灯窓から入ってきた一本の光が闇の一端を、其処に座っていた者を少しだけ照らす。

顰めていた顔。押さえていた肩。背中を丸めて強く肩を掴んだ。



「…青琉」



◇―◇―◇―◇



「―――…なるほど」



話は一通り終局を迎えていた。信玄が相槌の言葉を発し、目を軽く閉じる。



「その青香とやらは織田に与するも、ずっと身を隠していたと」

「…復讐のために身内を皆殺しにし、明智と手を結んでお前の様子見をしてた―――か」



政宗も青琉から目を離し、真っすぐ前を見て言った。



「改めて聞いてもclazyな女だぜ」



青琉は顔色一つ変わらなかった。
政宗の小さな溜息を他所に「…にしても」と再度彼女を見た信玄が問いかける。



「身内を皆殺しにしてまで、そなたに持った恨みとは如何ほどのものよ」

「…それは…」



途中まで信玄の言葉を真剣に聞いていた青琉が歯切れを悪くした。その視線が斜め下にずれる。



「…」

「…」



そんな青琉を信玄は眺め続けたが―――静かに目を閉じた。



「無礼であったな」



言いたくなければ無理にとは言わん。そう言って会話が途切れる。政宗も青琉に視線を向けるが彼女は気付いていない。



「問題は」

「!」

「織田を落とした策。…魔王を守る者達を討ち、攻め込んだ儂等をも往なし、明智に魔王との戦を実現せしめた」

「…」



政宗と青琉は口を開いた信玄を見て、小十郎と幸村の顔には険しさが走る。



「相当な切れ者よ。明智が魔王を討った今、今後の動きが気になる」

「青香の目的は私だ」



全員の視線が突然のひと際芯のある声に集まった。

しかし構いもせず青琉は前を見続けて、目を細めた。



「だから―――」



◇―◇―◇―◇



きいんっ。
―――日が傾き始める時分になっていた。小気味良い鉄のぶつかりが二、三起こり、残滓が弾ける。政宗と小十郎が刀の打ち合いをしていた。



「…―――政宗様は、」



小十郎がそう声をかけてきたのはそれが終わった後だった。



「…Ah?」

「どう思われますか」



縁側に座って一服していた政宗に、後ろで正座をしている小十郎がすかさず聞いた。少し上半身を捻って視界に収めると、いつも真剣だが増して隙が無い。

政宗は半身を前に戻し、軽く目を閉じてやっと口を開いた。



「分からねえ」



それは何となくした溜息に似た気楽なもの。ともなれば、小十郎の顔は懸念で更に険しくなる。
小十郎の後ろでまさに今題に上がっている青琉は布団に横になって寝ていた。



『青香の狙いは私だ』



事の発端は青琉のこの後の発言である。



『だから―――私が生きていると知って接触してくるだろう。光秀もな。今更天下などに興味を持ち、進軍などありえん。だから私が、』



「“自分で片を付ける。邪魔をするな”―――あの場で良く言えたものです」

「HA、大胆なアイツらしい宣言だ」



何を言い出すかと思えば、その場の誰も想像できないような台詞を言い捨ててくるもんだから流石の小十郎も目を丸くしていた。…あれは忘れらんねぇな。



「礼と言っておきながら挑発で返す…あの女は馬鹿ですか」

「そう言うな。自分の話をしたってだけ、かなり丸くなったもんだぜ?」



確かに驚きの締め方だったが面白いもんだった。甲斐の虎に真田も呆気に取られて、真田に関しては「お館様のご厚意を」とつっかかりそうなのを甲斐の虎が笑って制してたしな。

―――全く面白い奴だぜ。

小十郎が振り向いて青琉を見るも、すぐ前を向いてふうと息を吐く。



「ですがあの女は色々と隠している―――そうなのでしょう。政宗様」

「…」



真面目に見てくる小十郎。そんな従者から目を離し、部屋の中央にいる青琉へ目を向けた。

…疲れたのだろう。目を覚ましたのは昨日だ。
まだ体を起こすのですら無理な状態で、面識浅い者達に自分の事を打ち明けたのだから相当の気力を使った筈。
会合では始終眉間に皺が寄っていたが、今はとても穏やかな寝息で無防備にも静かに胸を上下させている。
今までの青琉からは想像できないものだった。



「…だろうな。まだまだ周りを警戒してんだろうよ」



小十郎が「警戒…ですか」と、再び後ろの青琉を一瞥した。



「だがまあ」



『私は半端者だ』
『馬鹿な、ことを…ッ…』




「“これで踏ん切りはついた”―――って顔してるぜ」



政宗は正面向いて空を見上げた。その顔は静かに笑みを湛えている。
昨日と同じ、消えそうな黄昏が少しだけ強みを増して政宗の独眼に差した。



◇―◇―◇―◇



その頃、同じ黄昏を彼も見ていた。武田の屋敷の縁側のどこか、柱に寄りかかって腕を組んでいる。



「望月、か」



それは邂逅。それは因縁。こうやって見(まみ)えたのも何かの巡り合わせなのかもしれないと、非現実じみた考えを佐助は思い浮かべていた。

―――黄昏が夜に押し込まれ、闇が来る。
差していた橙も夜によって覆われ、一辺は薄暗さに包まれた。



「―――まさかね」

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