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―――伊達政宗との初剣戟から数日経った今日。安土城に戻った私は信長公に報告し、報告が終わった今、薄暗い廊下を一人歩いていた、その時。
「珍しいですね」
「!」
聞こえた声に目を丸くし足を止めた。
「貴方が仕留め損なうとは」
「……」
目を細めると10尺ほど先の曲がり角の影から光秀が現れる。奴め…いつからいた?
「流石“奥州の竜”と言うところですか。貴方程の人が敵わない等」
「…私を笑いに来たのか」
「ククク、いいえ」
ゆらりゆらりと近づいてくる。この暗闇で斜め上にある小さな燭台の火のみに照らされている銀の長髪が、血の気の悪い唇と相まって異様に不気味に感じた。
「信長公も人がいい。『独眼竜はお前に任せる』なんて、…羨ましいですよ青琉」
「…何が言いたい」
横に並んだ光秀を目だけ動かして見据える。一歩我慢を解いたら鍔を指で引き上げて居合いしてしまいそうだ。
光秀はそんな静かな殺気を放つ青琉には目を遣らず、前を見たままその目を細めた。
「助言ですよ」
彼の竜に足元を掬われないように、とね。そう言って通り過ぎる光秀。青琉の眉が僅かに顰む。
「信長公の意向に添う働き、期待していますよ…青琉」
遠くなっていく足音。気配が消えるまでじっとじっと黙り込んだ。
「―――…相変わらず不気味な男だ」
振り返らず呟く。奴に気付けなかった等、私もまだまだか――。
そう心の中で省みながらも浮かぶのは、
「……」
話題に出されたあの男。伊達軍の先頭にいる―――伊達政宗。
『so…good』
奴から感じるものは今まで幾千もの兵を手にかけてきた私にも言葉にし難い。死に際に発していた耳障りなものから、聞くにも飽きた命乞いまで興味の沸かなかった私の脳に…あの言葉はまだ残っている。別に血が騒ぎ、直ぐにでもまた奴と戦いたい―――といった闘争心は私にはない。そんな純粋な戦いへの楽しみは持ち合わせていない。だが…こうも引っかかるのは恐らく、眩しいからだ。
―――今まで殺してきたどの人間にもないものがあの軍にはあったからだ。
記憶を遡ってもこれ程まで印象に残った事はない。しかし驚きもやがて消化され冷静さが戻ってくる。
きっと初めて感じた故の新鮮さ。今だけだ、いずれ消えるだろう。
―――私は“織田”の青琉。目的の為なら全てを焼き払う―――
「…次は仕留める」
そう決めたのだから。
「…」
闇の中にずっと身を潜めてきた。光等知らない。
今までと変わらない。害となる前に消すだけだ。
軽く閉じていた瞳。静かに開けて、再び闇の中へ歩き出した。
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