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「…」



小十郎は政宗達を目に映していた。



「…―――許さない」

「!」



しかしその一言にはっと目を戻す。青香はばっと後ろに退いて、あっという間に見えなくなった。



(ちっ――俺とした事が…!!)

「―――…何なの」



はっと、政宗と小十郎がその重い声を向いた。視線のずっと先の頭上で、小さく見える青香が彼らを見下ろす。差し込んだ光が、顰めた彼女の顔に一際深い影を作っている。



「終わったと思ったのに…本当に邪魔…」



青琉を床に寝かせて、政宗は立ち上がった。



「いいわ…殺してあげるわよ…苦しむ時間もあげないんだから…」

「小十郎。コイツを見てろ」



走り戻った小十郎を追い抜きそう言った。
「どうなさるおつもりです政宗様!」と言う小十郎を一瞥し、それ以上の反論をさせない。
小十郎は渋々青琉の前に立った。

政宗が一歩ずつ進みながら口を開く。



「…聞け、青香」



顔を上げ、彼女は政宗を睨み付けた。



「…アンタ等姉妹の事情は知らねぇ。だが」



ぐっと柄を握り直す。



「この先アイツを狙うなら、オレはアンタを―――斬る」



向けた刃が煌めいた。青香をじっと見上げて、ぶれない目は微動だにしない。
青香が歯を食い縛った。



「―――つくづく邪魔ね…ッ」



肩を押さえる手を握り締め、



「…独眼竜…!!」



吐き捨てた時だ。

―――ドオンッ!!

一変して静けさが破られる。暗闇は横の岩壁を破壊して漏れ広がった炎に急激に照らされた。同時に砕けた岩が辺り一帯に降り頻って飛び散る。舌打ちをし、政宗は直ぐ様飛び退いた。



「小十郎!」

「全く…!」




後ろを一瞥すると、青琉を片腕に抱えて爆発から離れる小十郎がいる。もう一つの腕で向かってきた岩を両断して飛び跳ねた。
それを確認して、自身にも迫った身の丈ほどの岩を振り向き際に三爪で粉砕する。
そして粉塵の向こうを捉えた目が、



「―――!」



見開いた。



「…―――ぐっ!」



その声と同時に、びゅんっと声の主が視界の左から右へ弾き飛んで見えなくなる。交差した二槍で受け身を取っていたその人物は、着地の瞬間、石つぶての雨を振り払って足を付いた。しかし地面と摩擦を暫く続け、両側に刺した槍で砂煙を立てて漸く止まる。
その近くには体勢を整え、軽い身のこなしで着地をした見慣れた従者もいる。
岩が当らないところまで退いた政宗はその名を呼んだ。



「…真田!」

「!政宗殿かっ!?」




それを見つめて。



「……、」



爆発を目の前に、青香はただ立ち尽くしていた。突然で、あまりに予期していなくて言葉が出なかったのだ。
爆風は大いに体と髪を揺さぶるが、立っていられないほどではない。
―――足を一歩引いた時。



「どうしました青香」

「!」




驚いて瞠目し、横を見た。いつの間にそんな近くに立っていたのか。



「光秀…!」



名を出した青香に並んで、落石と広がる火を見つめていた。胴や垂れ、そして肩当に篭手―――袴も全てが傷付き、剥き出しの腕と頬にも切り傷や血痕がある。しかし満足げに口の端は持ち上がり、唇が緩い弧を描いていた。めらめらと燃え広がる眼下が光秀の青白い肌を際限なく照らしている。
気付いた政宗と小十郎そして幸村が顔を上げた。



「…ッ、」



そして政宗の表情が一気に険しくなる。光秀はそんな政宗の姿を変わらぬ笑みで迎えた。
しかし話しかけずに、隣の青香に視線を戻す。



「おやおや…随分と酷い有り体ですね、青香。私がいない間に、誰にそのような傷を負わされたのです?」

「…ッ、うるさい」



青香は目を逸らす。悔しそうに噛んだ唇が、答えにせずとも大凡の理由を光秀に伝えていた。
彼は正面に目を戻し、政宗の後ろ、その足元に青琉が気を失っているのを確認するとその薄い唇から僅かに歯を見せて笑う。



「―――明智!」



突如飛んできた大きな声に、光秀は再度目を向けた。とても機嫌の悪そうな政宗がよく見える。



「…聞いても無駄だとは思うが一応聞く。テメェ、」



そう言った政宗が少し顔を下げた。



「―――やりやがったな」



目元に落ちた影とさらに顰めた目が政宗の怒りを最高潮に表していた。
突然だったが、幸村が吹っ飛んできたのと光秀が現れたのはあまりに同じなのだから。この答えに辿り着くのはもはや必須だった。

光秀は静かに佇み、髪でその表情が隠れる。



「…ク、」



不意に肩が揺れた。



「ククッ…フフフフ…!クックックッ……アーッハッハッハッ!!」



一度揺れた肩は刻みを早くし、最終的に天に向かって上がった顔の両側でひくつく。

異様な空気、そして炎と煙が充満してくる洞窟内なのに幸村は寒気を覚えていた。
黙って光秀を見る政宗と小十郎、そして幸村と佐助。
全員の視線を気にする素振りもなく、光秀は一変して笑い声を収め、眼下の四人に顔を向けた。



「最高でした…あの方の生温かな血肉と心が震えるような声」



そして、と間を置いて開いた自分の血のついた手のひらを見て言う。



「この痛み―――刻み、刻まれ残った傷…あれ以上の至高を私は知りません…ククク」



後から来た若虎とは比べものにならないくらいに、という付け足しに幸村が顔を顰めた。
その横顔をちらりと見るのは冷静な佐助である。
政宗は刀握る手に力が篭っていた。この展開も結果も、明智が満足する事となった全てが気に食わない。



「テメェの良いようには終わらせねぇ…!」



即構えた政宗が片足を後ろに引いて臨戦体勢になる。直ぐにも飛び出そうとした時だ。
横穴からの炎に耐え切れなくなった壁がさらに大爆発を起こして、突風が光秀らと政宗らを遮る。



「―――…目的は果たしました」



爆発を前にして、平然と立ったままの光秀がそう言葉にした。長い白髪が大きく揺れて緋色に輝く。爆風に目を細め、その場に踏み止まる政宗は炎の向こうにその姿を確認した。光秀と負傷した肩を庇う青香だ。



「暫しの休息といたしましょう。食べ過ぎは良くないですからね。
―――行きますよ。青香」

「…」



背を向け奥に見えなくなっていく光秀に、政宗達を見下ろして青香も続く。



「―――ッ、」

「旦那!」



二槍を持ち直し、飛び出そうとした幸村を佐助が制した。魔王なきとあっては武田の目的は既に成し得ない。それを諭すように真剣に自分を見て首を振る佐助に気付き、幸村は葛藤した。しかし言葉を飲み込む。
そこに光秀の声が響く。



「皆さんご機嫌よう…」



今度は貴方の血で、私の渇きを満たして下さい。

―――青琉―――

声が反射しながら、彼女の名前を呼んで消えていく。闇に消えていく。大きくなった火柱が二人を完全に隠すも、青琉という名につられたように目を見開いた政宗が駆け出した。



「政宗様!」

「―――!…」



ごおおっと揺れた火柱に足を止められる。向こうへの道は完全に遮断され、思わず腕で顔を庇った。



「…深追いなされるな」



後ろからかけられた言葉。落ち着いた小十郎のそれに目を向け、見えた。
小十郎が青琉の腿に布を巻いて縛る。すぐ血に染まるそれに大きく舌打ちをして、唇を噛んだ。

―――炎が洞窟全体を照らして、音が響く。
織田との戦は終わりを告げた。

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