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―――きいんっと響く金属音。それは囲まれた岩に反射して甲高く鳴った。



「うおおおお!!」



その雄叫びの後、まるでこの闇を晴らすようにゴオオッと炎が渦巻いて、目にも眩しい赤みがかった橙が二槍翳した先を焼き尽くす。具足の敵兵達は火に巻かれながら幾数人一挙に吹き飛び、床に落ちた。

それらを見下ろすように、炎の'明'と高所の'暗'が混ざり合う空中で煙を突き破って何かが回転している。ひゅんひゅんと段々近付く音は大きくなって、

≪―――…パシッ!≫

と、それを掴み止めた。戻ってきた大型手裏剣が、掴んだ腕を勢い良く後ろまで引っ張ったが手の中で静止する。
二槍を左右に薙ぎ払った幸村の少し後ろで、佐助が辺りを見回す。視認できる範囲を確認したその間は一瞬。
闇雲に群がってきた敵は今まさに総滅され、二人は構えを解いた。

安土城の地下深く。足元の岩が黒光を放ち、はっきりとした輪郭や高さも分からない天井が頭上に広がっている暗い洞窟だった。
所々、天井が溶けたような床と繋がって柱を作る此処に、幸村と佐助がいるのには理由がある。



「まさか城の地下にこんな場所があるなんてね」



少し前。天守の真ん中に見つけた赤い光に飛び込む気満々の幸村を止めて、他に通じる場所がないか外を探していた。案の定、ほんの一部の敵兵が此処に続く回転式の壁から出入りしていて行き先は決まった。



「何と禍々しきところだ…」



二人は奥を目指して、広い洞窟から繋がっていた一本道を走っていた。
幸村の少し後ろで、たんっと岩盤を跳ねた佐助が周りに気を付けながら再び跳躍する。幸村も佐助に劣らない速さで駆ける。

(息が詰まる)

無表情の佐助とは違い、幸村は槍を持つ手が汗ばんでいた。武者震い、否、…恐怖心だろうか。織田の重苦しさは外にいた時からあったが、此処はその比にならないくらい不気味だった。見えない、這うように深く静かな闇がとても居心地悪い。



「…何故斯様な所を」



作ったのか。

という心の声は出ずとも、察した佐助は苦笑を浮かべて小さな溜め息を吐く。



「俺様に分かるわけないでしょ。魔王の考える事なんて」



いつもは何かしら幸村の素朴な疑問にも具体的に答える佐助だが、今回はこの返答以上の言葉が浮かばず。おてあげといった顔で目を瞑る。



「そもそもこんなでっかいのに、兵糧とかあるわけでもないし。二人に突破されちゃうぐらいの兵しかいないし―――」



結局何の為の場所なのかねー此処。
…と、呟く佐助の声を遠く耳に入れながら、歪めた顔を幸村は戻せないでいた。というのも引っかかっていたのだ。

兵糧を蓄えておく場所でもない。
兵を待機させておく場所でもない。
恰好の立て直し拠点となり得る此処が、大々的に使われていないのは―――。



「!」



考えていた幸村の思考を遮ったのは赤い光だった。不意に道の最後を告げるそれは視界に薄らと広がり、闇色と混ざる。天守の吹き抜けから見えた赤と同じ光が、次第に強く迫ってくる。



「ゆくぞ佐助!」

「心の準備はできてないけど、いくしかないんでしょっ!」



たんっと飛び込んだ幸村と佐助。その姿は順に鮮やかな赤に包まれ見えなくなった。



◇―◇―◇―◇



「…」



その頃。切れ長の隻眼が暗闇で静かに目の前の景色を映していた。
天守の地下、しかし武田の二人とはまた違う何処かで仄かな光を反射する岩に周囲が照らされている。
草一本生えない此処は誰の気配もなく、“死”―――まさに気を抜いたらまとわりついてきそうなそれが其処彼処で待ち構えていた。

政宗は刀を一本握ったまま歩き続ける。ざっざっと草履が地面をする音が何よりも大きく、洞穴全体に反響した。

此処は、



『…―――!』



あの血痕を追って見つけた場所。

牢屋で床を掴んだ時気付いた血痕は、鉄格子を潜り、己が来た階段と反対方向に続いていて。しゃがんで見ると円が半分になって不自然に擦り切れ、その境目の僅かな窪みを動かすと見つけたのだ。地下への階段を―――。

ピチャンと何処かから水の跳ねた音が聞こえる。様々なところで岩の先端に溜まった水が落ちているのだろう。時間差で、近い所と遠い所から不規則に聞こえる。

肝心の階段から続いていた血はいつしか暗闇に紛れて見えなくなってしまった。この先に何があるのかも知らない全く未知の空間。だが、ごつごつして無機質な洞窟の、何も代わり映えのない景色が次第に開けてくる。

新たに出たその場所は、周りが見える程度には薄暗く、高い天井と広い空間の洞窟だった。所々床と天井が繋がっていて柱の様になっている。
頭上はるか遠くで風が≪ひゅー…≫と聞こえて、おそらく外が近いのだと政宗は思った。まるで雲の隙間から差し込む日差しのように、ぼんやりとした光線が洞穴内を薄明るくしている。
政宗は進みながら右から左へぐるりと見上げた。



「あら」

「!」



その声は刹那、政宗の瞳を一点に引っ張る。灰色の岩から正面に走る目は、



「こんなところまで来たの―――独眼竜」



近づいてくる姿に焦点を合わせる。

緑の袴はなくなり、太い帯は腿半分を隠す着物を結んでいた。そして両脚は黒い網に覆われ、幾つもある岩の柱の間に差し込む明かりが照らす。
前袖のくすんだ金を揺らし、鉄紺の髪束を踊らせて歩いてくるのは青香だった。

政宗が目を細める。互いの表情が見える間合いで足を止めた。



「今更何の用?あなたが此処まで降りてくる理由なんてもうないでしょう?」

「…HA、」



政宗は皮肉を込めて笑う。



「此処にいるのがアンタだとはな。丁度いい」



政宗の不敵と苦笑の混ざった顔に、青香がふと俯いて笑みを消す。軽く目を閉じ、政宗の方へと歩き始めた。



「それはどういう意味かしら?」

「とぼけんじゃねぇよ」



青香は足を止める。
刀の先は仄かな光をありったけ拾い、彼女に向かってギラギラと反射した。



「オレが此処に来たワケ…わからねぇアンタじゃねぇだろう?」

「…」



青香は何も言わない。政宗を見据え、口を閉ざしていた。



「…ふ」



急に笑いを刻むまでは。



「くくっ、ふふふ…っ」



高い声が洞窟に響く。政宗は眉一つ動かさず、堪えるように顔を下に向けて笑う青香をじっと窺う。
段々と落ち着いて、笑う度に頬の横で揺れていた彼女の髪が止まる。表情の消えた顔でじっと政宗を見て言った。



「敵討ちにきたの?…くだらないわね」

「…敵討ちだと?」



政宗は眉を寄せる。



「悪いが見てねぇ以上信じてねぇんでな」



そう言うと青香の目が細くなり、黙り込む。
この時の政宗は深く考えていなかった。故に彼女の返しを待つまでもなく。



「―――吐け」



と、低く言葉にする。



「青琉は―――何処にいる?」



反響する言葉。静まり返る空気。
立ったまま身動きひとつしていなかった青香が、その目が初めて。



「―――何を言って…」



―――ザシュッ

見開かれて、まるで背後から銃に撃ち抜かれたように膝が前に踊る。
飛ぶ血飛沫。瞠若(どうじゃく)した政宗の目に映ったのは、刀が青香の肩を切り裂いた光景だった。

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