59

政宗と幸村が追手門に着く少し前、濃姫は天守地下を歩いていた。
左には鉄格子と牢屋、右には壁と掲げられた灯籠が並んでいて一番奥まで続いている。ただし灯籠の明かりはなぜか消えていて、今自分が持っている燭台だけが数尺先を照らしていた。

(なぜ火が消えているの)

地下いっぱいに設けられた牢屋には、今は一番奥の青琉だけ。しかし明かりはひとつもなく、見張りをさせていた兵士もいない。
濃姫は眉を寄せた。
石垣の外から聞こえる兵の声、そして自分の草履が床を擦る音が。



「…」



とても近くに思える。

片手に掴んだ拳銃をいつでも向けられるように、引き金に指を添えて歩き続けた。濃姫が信長から受けた命は二人を連れてくる事。本当なら青琉の首を持って戻ってくる青香を始末している頃合いだった。しかし肝心の彼女がいつまでも戻ってこないのだからこうして手間が増えている。

(勘づかれた、かしら?)

だがもしそうなら、己のすべき事もまた決まっている。
角を右に曲がり、



「!」



見つけた。

―――蝋燭の火が鉄紺の垂髪、左に流した前髪、右を一部編み込んで挿した扇簪の彼女を照らす。



「青香」



足を止めるこちらに気付いたのか、数歩先の青香も止まった。
その表情は闇に紛れてよく見えない。



「何をしてたの、上総介様がお待ちよ。早くなさ―――」



はっとした。突然上に感じる気配は。
冷たい破片とともに“何かが”落ちてくる。



「くっ!」



≪―――ドンッ!≫

瞬時に燭台を投げ捨て、両手の二丁拳銃を打った。容易く命中し、濃姫の横を落ちていくそれ。
その時、気付いた。
石の床で消えていない蝋燭の火が照らす。まるで時間が遅くなったかのような一瞬に見えたのは、闇に氷の破片が輝きながら己の横を落ちていく“もの”が織田の兵である事。しかも銃弾が当たって声一つ上げないという事は。



(まさか、おとり―――)

「さよなら」



ジャキッと聞き慣れた装填の音が耳に入る。そして彼女はいつもの様に、



「帰蝶」



微笑んだ。



◇―◇―◇―◇



「ぬおわああああああ!!」
「ぐおっ!!」




≪ドオン!!≫

―――その頃追手門では。門を破らんと政宗・幸村が武器を降り下ろす直前、それは飛んできた。門に衝突し、爆発したのは砲弾。煙と崩れる瓦礫で二人の視界は白くなる。



「政宗様!」
「旦那!」




やっと長政の近くまでやってきた小十郎と佐助もまた、突然の出来事に身を乗り出していた。しかし橋の向こうの景色は不明瞭―――煙が濃く辺りを隠している。
パラパラと土砂を撒く爆発の余韻を、二人は立ち止まり窺っていた。
しかし砲弾は続く。小十郎と佐助は飛んで来る音に空を仰ぎ、流れ星のようなそれらを見つけた。湖に、森の中に、そして城の中にも着弾し、四方八方から雄叫びと煙が上がって地面を揺らす。



「敵味方区別なしかよ…―――って竜の右目!」



佐助が喋る間に小十郎は走り出した。馬に乗り、「てめぇら行くぞ!!」と伊達の兵達に叫ぶ。すると彼らは浅井を捨て置き、馬を捕まえて橋へと向かう小十郎に続く。



「!…行かせん!! ―――ぬわぁっ!!」



政宗との戦闘でいつの間にか、橋の前から離されていた長政は単身走って行くも、間合いを砲弾が直撃した。伊達の兵は驚きと降ってくる土石の中で走り抜ける。そして橋を渡る途中で、一息吐いた。
小十郎は湖に被弾した水しぶきにも焦り一つ見せず、そのまま馬を走らせる。



「ほんとこういう仕事は勘弁して欲しいんだけど…ね!」



そう言って伊達軍と同じく走り出す佐助。苦笑は、強めに言い切った語尾と同時に真剣な顔に切り替わった。



「俺達も行くぜ!」

「おおおおおお!!」



既に武田の兵は馬に乗り、同じように佐助に続いて駆けてくる。



「ま、待て!貴様ら!! ―――ぐっ!」



追おうとした長政は再び近くの爆発に立ち止まり、その一瞬で武田と橋の場所を見失う。馬による砂煙と爆風による土石の飛揚で、長政は腕で顔を守るより他なかった。

橋の上を走りながら佐助は僅かに長政に目を向ける。



「悪いね…あんたに構ってる暇はないんだ」



◇―◇―◇―◇



「あ、新手にござろうか…!」



瞬時に退いていた幸村と政宗は爆風に巻き込まれるも、無事でいた。ただ煙が立ち込めて、兎に角動けずにいる。
だが、じっと煙の先を見ていた政宗が不意に目を大きくした。と思いきや、直ぐ楽しそうに目を細めてみせる。



「…どうやらオレ達以外にも魔王に一泡吹かせたい奴がいたみてえだな」



幸村が不思議そうに政宗の視線の先へ目を遣る。もくもくと上がっていた土煙の中に薄らと見えてきたのは、城門と繋がっている石垣に空いた大きな穴―――そしてそこから上がる煙だった。
彼は大きく目を開いていく。



「…にしても、」



どおんっ!と砲弾は政宗の言葉を遮ってまた地面を揺らし、一瞬にして大きな穴を作り上げた。

塀と湖の間が崩れ、少し足を滑らせれば湖に真っ逆さまだ。此処もそう長くは保たない。
このまま土やら石やら瓦礫やらが降ってくる、水に囲われた狭い足場に立ち往生していても意味はないだろう。

そう考えている間に、すぐ後ろに飛んできた砲丸で大きく水が噴き上がる。
政宗は後ろの橋を一瞥すると、やってくる小十郎達が視界に入った。そして再び目の前の塀の穴に視線を戻す。まだ土煙は晴れそうにないが、

(十分だ)

政宗は刀をしまい、腕を組むと深い笑みを顔に刻んで言った。



「トンだ武器ぶっ放しやがる。…いくぜ真田幸村!!」

「応!!」




小十郎率いる伊達軍とその後ろの佐助率いる武田軍が追いつく前に、政宗と幸村は乗馬のまま穴から城内に飛び込んだ。小十郎と佐助等もそれに続く。



「ま、待て!!」

「うわあああ!!」



追おうとした長政が振り返る。すると伊達武田両軍の進んだ穴とは別の場所から人がなだれ込んできていた。
内部から織田の兵が、浅井の兵を攻撃していたのだ。



「な、なぜだ…」



混乱した。伊達・武田を足止めしなければという焦りと阻むように味方からの攻撃を受けている疑問が長政の思考を埋め尽くす。

なぜ織田が浅井に刃を向ける。



『…これが最後よ』

≪ガチャッ≫

『長政』




「…っ、」



刀を強く握り締めた。

突き付けられる銃口。引かれる撃鉄。引き金に触れる指。突き付けられているというのに涙を流して。



『大丈夫…だから…』



悲しく笑うあの顔を今、思い出す。



「長政様!」

「!!」




しかし意識は現実に戻り、目に入るのは。大将である己の指示を求めて、目を向けてきていた兵だった。ある者は不安そうに、またある者は意を決したように強く眼を震わせている。―――己よりも先に。



「…っっ、」



起こすべき行動を見ていた。

長政は顔を歪め、ぎゅっと目を閉じる。葛藤の、選択の時間はない。その目をかっと開けて彼らを見渡した。



「織田を許すな!理の兵達よ!!」

「うおおおおおおおっ!!」




長政の掛け声で一気に士気が上がる。穴から次々と出てくる織田の雑兵に背後の湖へと追いやられる前に、何とか押し返しつつ城内に向かった。

そうだ。先に裏切ったのは、



「突撃進!!」



織田なのだ。

―――長政は盾を前に構え、前方に突進を繰り出して城内までの織田兵を一掃する。



「―――…、」



上がる土煙。止まない砲撃。
構えた盾に隠れ、下がっていた顔を上げて。穴の内側―――安土城に入ると、織田と刃を交えている伊達・武田・浅井の兵が見えた。鉄と鉄とがぶつかり合い、弓矢が飛んで、爆弾兵が走り回っている戦場だ。



『長政様…』



脳内に蘇る声。己を導かんと手を差し伸べている妻が、遠い天守に想像されたのは考えすぎだろうか。



「…市っ…、」



そう名を呟いて、長政は走り出した。
遠く、沢山の石垣も丘も超えた先で一番頂上―――赤黒い空に佇む天守を雷が照らした。

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