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「―――…はっ!!」



ヒュンヒュンと手裏剣が回転し、次々と人の群れを切り裂いていく。十数人で押し寄せた兵の波は投げた得物によって崩れ、動かない骸をさらに地面へ積み上げた。
しかし物言わぬそれらを跨ぎ、飛び越えて向かってくる兵士は途切れない。
倒した人数の倍以上となって、その手に刀を持ち、近付いてくる。



「これじゃキリないねー」



≪―――ザシュッ!≫

苦笑した佐助が振り返り際に手裏剣で斬る。その斜め先で小十郎が二人の雑兵を斬り伏せた。そして各々の足元に敵兵が倒れる。

安土城追手門前、正確には追手門に続く橋の前は錯綜していた―――。



『我が名は浅井備前守長政!兄者の城に攻めいらん悪め、正義の名のもとにこの私が削除する!!』



事の発端は突然現れた浅井であった。橋と追手門も見え、後少しでというところで橋の前に立っている一人の男を見つけたのだ。
あまり幅のない橋のため、徐々に速度を落としていた伊達軍だったが無視できるものでもなく急遽馬を止めたのである。
すると後ろの武田もやむなく馬を止める事となり、『ここから先は一歩も遠さん!』という浅井長政の言葉に次いで、道の脇の林から雄叫びを上げて浅井兵がなだれ込んできたのだ。所謂挟み撃ちとともに伊達武田双方刃をとり、戦が始まったのである。



「おい猿飛!お前、伏兵に囲まれてるならなぜそれを言わなかった!?」



そして状況は今に至る。新たに四方八方から無作為に斬りかかってくる雑魚兵を一つ、また一つと斬り伏せながら小十郎は佐助を睨み付けた。



「いやー…」



佐助は半笑いする。その手は小十郎と同じく止まない敵の襲来に応じ、しっかりと刀を受け止めては薙ぎ払っていた。
背後から刀を振りおろしてくる敵、己が刀を受けている隙を狙って突っ込んでくる敵。群がる兵士は殆ど意識の外で斬り殺していたが、ふっと真剣な顔になる。

(可笑しい…ちゃんと俺様、この辺も確認したんだけどなー…)

どういう事かは俺様の方が知りたいよ。

というのも佐助は己の忍隊と共に事前に周囲の伏兵を片付けていたのだ。その上長政の声が掛かるまで、隠れた大勢の兵士の気配を掴めなかった。いくら森の中とはいえ、これだけの軍勢を控えさせていたのならば時間がかかる。様子見に来た時には何かしら察知できただろうし、何より長政の突撃の合図まで気付かないのがおかしかった。

(いや…俺様ってば史上最大の失態?…いやいや! この猿飛佐助、こんな初歩的間違いした事ない!有り得ない!!)

「うわああああ」と頭を抱えながら体を後ろに反らす光景は、傍からみれば無防備極まりないが、それでも敵兵を退ける力量を備えているのが真田軍忍隊隊長である。
いつの間にか投げていた手裏剣は、佐助を斬らんと走っていた兵の列の背中を一直線に斬り裂き、持ち主の手に返った。そしてまた投げる。その様は半ばヤケクソのようだった。



「うおああああああ!!」

「うわっはああああ!?」




だがその佐助のすぐ横で、雄叫びと共にごおおっと炎の渦が発生し、佐助は素っ頓狂な声を上げた。手裏剣を投げようとした途端、炎と風の壁に服の裾を斬り燃やされたのだ。いや被害がそれで済んだだけで十分幸運だったのだがと、平生突っ込む兵は今手があかず、当たり前のように当人が走ってきた。



「佐助!」

「旦那ァ!
危うく巻き込まれるところだったんだけどぉ!!」



炎の渦は敵兵を舞い上げ、飛散して消える。降ってくる雑兵を背景に、佐助は構えを解いた幸村に仰天と焦りを向けた。



「そなたなら躱すと思っておった」



対する幸村は至って明るくにっこりと笑って見せる。その眩しい笑顔を向けられ佐助も、にっこりと「そかそか、そりゃあこの俺様が躱せないわけ…」と返すが。



「躱せるかああああ!!」



途中で一変して、そう身を乗り出した。その光景ははたまた漫才のようで、…と突っ込める者は今だこの場に居合わせておらず、偶々いる小十郎もまた、眉間に皺寄せたいつもの表情で真田主従を眺めている。



「お願い旦那…旦那の感覚だと俺様死んじゃうから…まだ死にたくないよ…」

「何を言う、佐助!お館様のご上洛まで死する事など有り得んぞ!」



そうじゃない。そうじゃなくて。
…と、頭を抱える佐助は再び武器を動かす手を忙しなくしていた。相変わらず浅井方の攻撃が続き、二人が話をしていようとお構いなしに刃が降ってくる。



「…にしても」

「きりがない…!」



佐助と幸村がぼやく先では小十郎もまた敵に応戦していた。最初は左右から雪崩込んできていた浅井兵が此方の軍と混ざり合っていたが、今は進むのも困難な状況である。
元々追手門には後、橋を渡れば辿り着くものだったのが、この少しの間でさらに離された気がした。

(…あれ?)

佐助は兵の波から小十郎にぐいっと視線を戻す。



「…そういや独眼竜は?」



◇―◇―◇―◇



「ひぃ!」

「うわああ!」




浅井の兵達が近づいてきては、見えなくなる。兵が犇めき合う戦場を掻き分けて走っていた政宗は、馬に乗ったまま、追手門に向かって兵の波を突っ切って進んでいた。それも三爪ずつ両手に携え「get out of my way!!」と叫びながら刀を振り回しているのだから、さながら化け物のように兵の目には映り、怖気付いた彼らは逃げるように道を開けていた。自然と橋の手前の長政まで道が出来ている。それをみた長政が「逃げるなお前達!」と声を張り上げるももう遅い。

視界良好、長政も見えたところで政宗は飛び上がると六爪を大きく振り被って、振り下ろした。雄叫びと共に向かってきていた兵は吹き飛ぶ。
脇の木々はしなり、葉を散らし、砂煙が長政を襲った。



「くっ…」



顰めた顔を腕で守るや、土煙は次第に晴れていく。着地した政宗はゆらりと顔を上げると、機嫌悪そうに声を発した。



「浅井、長政だァ…?」

「―――…げっ、もうあんなところに」



それを遠く、何重という兵の層を隔てて見ていた佐助は顔を引き攣らせていた。
気づかぬ内に先を越されていた武田軍としての失態もそうだが、馬でこの人混みを突き破った滅茶苦茶な行動への呆れである。
しかしそうも言ってられない。



「…て、旦那!俺達ももたもたしてられな「うおあああああああ!!」



佐助が言い切るより早かった。



「だあぁてえぇまああぁさああぁむうううねええええ!!」



広げた両腕の槍を回転させながら、政宗に向かって走っていく幸村。近付こうとする敵は、回転して盾の役割をする二槍の所為で弾き飛ばされて、此方も自然と長政までの道が出来ていた。その勢いは留まる事を知らず、これなら無事政宗まで辿り着けるだろう。

…この時、幸村の炎が佐助の髪を少し焦がしたのは言うまでもない。



「…。あ、大丈夫か…」



ドスッ

後ろから切りかかってきた兵を振り返りもせず、右手の手裏剣を後ろに押し込んだ。その佐助の顔は茫然を通り越して無表情で、足元に敵が倒れたのだった。



◇―◇―◇―◇



「六の刀に独眼…貴様が伊達政宗だな」



伊達の皆よりも、武田の兵よりも早く近く。橋の手前に着いた政宗は目の前の長政と睨み合っていた。
そうは言っても、後ろで戦っている、己以外の輩の喧騒はこれから始まる自身の戦に相応しいもので少しずつ血が騒ぐ。

政宗はふっと笑った。



「あの数の兵達をこの短時間で退けてこようとは…やはり侮れん」



対する長政の顔は険しく、抜いた刀を彼に向ける。



「話には聞いている…一度破れしその身で再び敗北を味わいに来たか!?」



―――ピクッ

その言葉に政宗の眉が顰められ、不敵めいた表情は一気に厳しいものになる。
黙って長政を見る政宗の後ろ姿を、会話を拾った小十郎が一瞥した。



「斯様な兵力で、我ら浅井を止められると思うな!」



そう声を張って長政は向かってくる。しかし政宗は動かなかった。目は前髪の影に隠れ、その表情は誰にも分からない。
あと一歩で長政の刃が届く、そんな時だった。



「―――オレはアンタを負かしにきたんじゃねえ」



と、政宗が口を開く。



「オレは“奴ら”と」



白黒付けに来た。

そう言った瞬間。刀はぶつかり合っていた。刃を削るように擦れ合う中、長政の目が訝しげに揺れる。



「奴ら…、貴様の目的は兄者―――織田信長だけではないというのか」

「…さぁな、その目でしっかり見極めな」



政宗は釣り上げていた口の端を戻して、小さく言葉にする。



「―――織田を守る事が、本当にアンタの欲しいものに繋がるかどうかをな」

「…」



長政の表情が僅かに揺らいだ。



「アンタには二つ目があるだろ」



真っ直ぐな眼差しで続けた言葉の何かが長政に響いたのか、少し苦しげに歪んだ顔を政宗は隻眼に映していた。そして、



「少し喋りすぎたな」



と目を閉じる。顔には微かな笑みが戻っており、長政ははっとした。
急に政宗が飛び退いて、均衡が崩れたのだ。



(しまった―――)

「悪くねぇ剣筋だったぜ。次会う事があったら、もう少し覚悟決めてきな」



長政が宙に浮いた片足を地に叩きつけ、顔を上げた時には既に馬に乗って政宗が通り過ぎたところだった。



「真田幸村ああああ!!」

「うおおおおおおお!!」




政宗が叫ぶと、途中で馬に乗った幸村が長政を追い抜く。

(まさか―――)

長政が気付いた時はもう遅かった。幸村と並んで橋を駆ける政宗が向かう先は追手門。
二人は得物を構え、勢い良く一斉に腕を後ろに引いた。

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