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「―――何を考えておられたのです?」
会話はその一言で再開した。
馬を走らせ一刻。辺りは己の軍の立てる蹄の音で賑わい、そこに一刻ほど前の剣戟の激しさはない。
主の横顔に問った小十郎は平生から強面に刻む皺を数本増やして言葉を待つ。しかし見慣れている政宗は特に気にせず、力の抜けた隻眼を向けた。
「Ah?」
「“Ah?”ではありません」
とぼける主に一蹴し、はぁと溜息混じりに小十郎は続けた。
「何故退くのを躊躇われたのです」
織田の奇襲。一度桶狭間で今川義元を討ち取ろうと進軍したが、先に討ち取られ、運悪く顔合わせという名の対峙をした伊達に何れは来ると思っていた。
が、率いるのは女。しかし魔王の嫁…濃姫ではないという報せ。
新顔だろうかと一抹の気がかりを抱え待っていると、掲げやって来たのは五つ木瓜の旗。嫌な予感はした。
案の定その女は手練、流石あの織田軍を任せられるだけはある。そして政宗様を楽しませるほどにだ。しかし、
「織田の鉄砲隊…あのまま長居していれば、我々は袋の鼠。ただでは済まなかったでしょう」
「…………」
痛いところを突かれ苦笑を浮かべた政宗の視線が空を仰いで前に戻る。しかし直ぐ真剣に遠く帰る先を、森の向こうの奥州を今か今かと耐え待つように見ていた。
「―――気になってな」
「…と申しますと?」
間を埋める蹄の音。…なかなか返答がない。
政宗様が斯様な表情をお見せになるのは珍しい。如何なる苦境に立たされようと「この竜に不可能はねぇ」と言って乗り越えてきたお方だ。
一瞬だけ己の答えに陰りを見せたのを、小十郎は見逃していなかった。政宗は軽い瞬きの後、口を開く。
「魔王の軍を任された野郎がどういう奴か、この目で見ておきてぇとは思っていた。だが本当だとはな」
女が、しかもオレとevenで戦り合う女。流石あの織田にいるというだけはある。
「真田幸村とも遜色ねえ。coolでいられなくなりそうだ」
「なれど油断は禁物…か程の力を持つ者が今まで知られずにいた等、織田は未だ手中に策を隠しておるやもしれませぬ」
「あぁ」
織田の策、か。
To be honest…そんな事頭になかった。
『信長公の命だ。貴様の首、私が貰う』
あの平淡な声
But…why wewe you so sad?
聞き取れねぇ感情とは裏腹にアンタの瞳の奥は何故揺れてた?
―――何に、躊躇ってた?
その時、大きな雨音を立てて突然の雨が降ってくる。打って変わって辺りを騒然と包み込み、それは地を揺らす程の強さで。
「雨か…珍しいな」
「小十郎…急ぐぜ」
「はっ、」
後に続く部下達に声を張り上げて。馬を蹴ると心の中で問う。
(アンタは一体、)
何者だ――…?
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