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息を荒げて青香は立っていた。今までのような余裕は一切なく、滅茶苦茶な感情を整理するように、その場を動かなかった。



「私を苦しませてた?…だから私に恨まれるのも分かる?
―――知ったように言わないで!!」



只々、目下の青琉を踏み付けて。



「この…ッ、」



行き場のないそれを。



「このッッ!!」



発散しようとした。

方法はもうどうでも良かった。抵抗もせず目をくっと瞑るだけの青琉はもう何もできないと知っていたから。



『それでも青香を…恨んだ、事は、…一度だってない』



嘘よ嘘よ嘘よ。絶対、嘘。
そんな事を言ってもお前は一度織田を恨んだじゃない。



『―――お前を殺す!!
織田信長ああッッ!!』




一族を殺したと思い込んだら憎み、刃を向けたじゃない…!

嘘にすら怒り、足を止めなかったお前が。



(真に憤らないわけないでしょう…ッ)



―――綺麗事はもう十分。



『あ、青香―――『大丈夫か青琉!?』



ギュッ…と。
握り締めていた拳をさらに握りしめると、手の腹を爪が破った。血が指を伝い、ぽたっと落ちる。蹲る青琉の横顔に落ちた。
頬にかかる乱れた鉄紺と混ざって一滴、また一滴と落ちるその雫は目尻に数滴落ちて涙の様に伝う。
青琉がうっすらと目を開けた。



「あなたが私の大切な人達を先に奪った…っ
だから…!!」



だから。
しかしその続きが出てこない。言葉はあるのに、



「……っっ、」



声に出すのを躊躇って。体の中に押さえ込んで。俯いて手を握り締めるしかなくて。

(どうして…っ)

―――だから。この憎しみが分かるというなら、大切な人達をあなたから奪った私を、
恨まない筈、ないじゃない…!!―――

私を。



『それでも青香を…恨んだ、事は、…一度だってない』



(憎まない筈…ないじゃない)



『だ……から…―――私を好きに、してくれ』



分からない。分からない。
どうして、どうして。



『全て………私の、…所為だ』



私には受け入れられない。



『他所者のお前に…ッ!
私の、あの時の気持ちが分かるのッッ!?』




留められない。

どうして…


(私を、)



責めないの―――。

後戻りができないと分かっている。
青琉に見せてこなかった私は、青琉からしてみれば知らない私。
私はもう違うと、あの頃の―――皆で暮らしていた私とは変わってしまったのだと。私自身、分かってる。

なのに。



「―――…、」



そうやって過去と変わらない目を、
私を受け入れる穏やかな目を向けられる位なら。



いっそこの手で。



「ふ、ふふ…」



屠ってしまいたい。

すっと力が抜けた。ジクジクと自分で自分の手を刺していた爪は、手の力が抜けてぶらんと床を向く。そして。

―――ザッと青琉に跨がって、その首に両手をかけた。



「お前が私を責めないのなら、私がお前を殺すだけ」



ぐっと手に力を込めた。



「―――いいの?」



青琉は力なく青香を見ていた。その頬を涙が流れる。



「そ、……れで………い、い」



青香の手がひくりと揺れた。

これで漸く。



『忘れてくれ』



意味を…持たせられる―――。

床に落ちていた両腕が青香に伸びて、一瞬だけ青香は体を強ばらせた。しかしその手は青香を抱き締めるように、優しく添えられるだけで。



「すまな、かっ………た…………―――」




大粒の涙が零れたのと、背中の手が滑り落ちたのは終わりの単語と一緒だった。
乱れた髪から覗いた目は、カクンと力をなくした首と共に静かに閉じられた。

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