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「―――…によ、」



心の中で、何かが騒いでいた。



「何、よ、…それ」



強く強く、手を握り締めていた。
青香の顔は下がり、髪が顔を隠して影を落とし、声は思い出して震えていた。
―――ひとつの過去を思い起こして震えていた。



『―――…ちつけ!!』



段々、明確に蘇るあの時。
―――浅くて早い自分の呼吸の音。

真っ暗な視界は瞬きの都度、入る光で目の前のものをはっきりさせていった。畳、床の間、その壁の掛け軸―――映る部屋の風景。
そして外から当たる陽光は障子でぼやけていたのに、その声の主によって開けられ、部屋に眩しい明かりが射し込んでいた。
それでも私は、私の目は畳に落ちた光よりただ一人―――目の前で座ったまま後退りをする同じ顔を捉えていた。私を見上げて戸惑いを散らつかせる妹を。



『落ち着け青香!!』



しかし蹲るあの子と、立って見下ろしていた私の間に割って入ってきた。―――あの子、青琉を守るように両腕を広げて入ってきた。



『あ、青香―――『大丈夫か青琉!?』



私に伸びた青琉の手は、突然青琉に体を向け抱き締めた父に…父の腕の中に閉じ込められて。


唇を噛んだ。



『…、』



どうしてそんな目で見るの父上。

どうしてそんな。

警戒の篭った顔で。

……私は娘でしょ?



―――本当に血が繋がっているのは、私なのよ…?



どう…して。



『……っ―――、』



そんな苦しそうな顔で、私を見るの。

その時の私は理解なんてしてなかった。したくなかった。だから、



『―――…母上、』



母上なら、分かってくれるわ。

…そうでしょ?

―――そう期待を込めて振り返った。



『…青香…、』



それなのに。

(どうして)

―――そんな信じられないものを見るような目で私を見るの?―――




雷がよく似合う最悪な日だった。大嫌いなあの音が鳴る度に、あの光が辺りを白に還す度に私の心のひびは大きくなって。やがて、ガシャンと粉々に砕け散った。

…その時私は気付いてしまった。



『嘘よ…っ、』



暗い部屋の中で、時折光る雷の中で頭を抱えて蹲ってももう変えられない。
私はいつしか。



『嘘よ………―――』



一族にとって異質な存在になっていたんだと―――…。




「―――…お前じゃないッ!!」

「ぐっ!!」




ドッ!と青香の蹴りが脇腹に入り、体が一瞬浮いて、また地に転がる。
直ぐに青香が近づいた。



「お前が私の居場所を奪ったのでしょうッ!?
お前さえ…現れなければッ!!」

「ぐはッッ…!!」

「お前さえいなければ!!…私はッ!―――ひとり娘でいられたのにッッ!!」



降った片足はさらに強く押し込むようになっていくばかりで、手を伸ばし、その脚を何とか掴むも「ガハッ」と咳き込んで。血反吐が床に斑点を作る。
しかし青香の悲鳴のような叫びと踏み付けは止まない。
青琉の腹を踏んではその力を緩めてはと繰り返し、青琉はぎゅっと目を瞑って。歯を強く噛み締めて耐え続けていた。

その時青香の上がった呼吸とともに脚も止まって、やっと呼吸らしい呼吸を再開する。



「何で…何でよ」

「……、」



その声を揺れてぼやけた視界で、虚ろに青琉は拾っていた。くぐもった小さな声を、その姿を見上げる。



「どうして私と同じなの…。私を追い詰めるの…」

「…………、」



何も言えなかった。
血を流しすぎたのかよく見えない。青香の顔は見えなかった。体もまともに動かない。



「私が何をしたっていうの…。全て―――お前の所為じゃない」



私と同じ見目形で。



「お前が私の前に現れて!!全てがおかしくなった!!!」



―――ひとり娘である私。いつしか瓜二つの二人になって、その枠に収まらなくなった。



『青…『青琉!』



青琉を押さえ込むようにあの時父上は抱き締めた。青琉が発しかけた言葉は父上の胸の中で閉ざされて消え、あなたはそれ以上何も言わなかった。

困惑した目で私と父上、硬直する母上を交互に見るだけだった―――。


分からない。



「ねぇどうして?どうしてあなたが良くて、私が拒絶されなければいけないの?
…答えて、
答えて!!」

「…っ!!…、っっ…!!…」



ドッ!ドッ!と再度始まる踏み付けは、場所などお構いなしに全身に及んでいた。顔は免れるも、骨は何本か折れているだろう。そんな他人行儀に自分を思い、



「ぅぐッ!!…」



痛みを受ける中でふと繋がる。
そうか、

(青香は…―――)



「許さないッッ!!!」



しかしその声と同時に降った足の、当たり所が悪かった。ごきゅっと鈍い音と共に、



「ッぐ…ゲホ!!ガハッ!!」



激しく咳き込んで腹を抑えていた。床に吐き出した血をぼんやりと眺めて、



「―――…げほッ、は…………は……」



ただその先の青香の足元を見つめていた。

青香は黙って震えている。悲しいのか憎いのか腹立たしいのか。



「他所者のお前に…ッ!」



顔を歪ませて。



「私の、あの時の気持ちが分かるのッッ!?」



―――泣きそうな声でそう叫んでいた。



青香は怖かったんだ。

…私以上に。



『……っ―――、』
『…青香…、』




―――父上や母上、一族に認められない事が。



怖かったんだ。

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