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「全てが青琉―――お前への復讐よ」



言葉は意味をなさず右から左へ抜けていった。
復、讐。青香の目的は。

(わ、たし…)



『…同胞(はらから)でもござらぬのに何故瓜二つのお顔立ちか』

『さぁ…、斯様な者をお連れになられた青香様の気が知れますまい』




私が青香を苦しめていた。幼い頃屋敷の中で聞こえた話を青香が、知っているのなら。



「あなたの所為で、私がどれ程苦しかったか」



―――そうだ。矛先は、

(私だ)



『見る……な…』



私の所為で、一族が殺された。



『分かる?青琉。あなたは青琉って言うの!』



青香にその選択をさせたのは。



「……、」



私、なのだ。



「………」



大事な家族を殺された怒りがあった。少し前の自分には確かに存在していた。
でも私の所為で青香に、殺させて、しまった。そう分かってしまうと、謝りも慰めも―――どの言葉も意味を為すとは思えなくて。ただ顔を伏せ、床に視線を落とす事しか出来なかった。
その時。

突然、牢内が白く霧がかり同時に感じる肌寒さ。息も白くなってきて、雪国にいるかのように凍える。
顔を上げようと、腕に力を込めて少し起き上がった時だ。



「―――…ふふっ」

「―――ッ」



重い空間と不釣合いの高い声に、青琉はピタリと止まっていた。
顔は自然と強ばり、床と向かい合わせになったまま、見開いた目も動かせずにいる。汗だけが首筋を伝って、床に落ちた。

さっきとは違う。動けない空気に今までにはない重苦しさがある。



「でも…いいの」



青香の声に、私には分からない高揚感を感じ取れる。



「全部許してあげる」

「―――…ッ、ッ…」




薄暗い牢が、さらに闇に飲み込まれる感覚を覚えたのも束の間。ふわりと近づく気配に思わず顔を上げた。



「あなたの全てで全部、許してあげる」



―――それがいけなかった。
笑みを浮かべた顔に大きく開いた目。言葉が許されないような猟奇的な雰囲気に、全身が射竦められて。



「―――、」



目を逸らせない。



「―――ッぐ…!」



それが隙となり、青琉は青香に顎を持ち上げられる。顔を顰めて、うっすらと目を開けた青琉は青香を見た。そんな彼女をすまし顔で見下ろして、青香は楽しそうに告げる。



「いいことを教えてあげる。此処には今、ある軍が向かってきているの」



ピキッという音と共に、青香の横に突如として丸い鏡が現れた。驚く気力も出ずに青琉は力なく目を向ける。



「…!」



しかしその目が途端揺れて、映る何かを凝視して瞠目した。



「…ど」



その名を口にしてしまえば、過去の行動を無意味にするだけだと。―――知っているのに。



「独、眼竜…」



見えたのは馬を走らせ大軍を率いる、竹に雀の家紋。伊達軍だった。



◇―◇―◇―◇



「!!」

「政宗様?」



はっとしたような主に小十郎は首を傾げた。視線の先で政宗が、その片目で確認するように見回していたのだ。



「お前…何も感じなかったか?」



その返しが予想外で、小十郎は眉間を顰めたまま少し考える素振りをする。



「何か…おりましたか?」



しかし結局思い当たる異変もなく、ただ懐疑の眼差しを政宗に向けた。

美濃も抜けてそろそろ尾張―――安土はもう目と鼻の先。あえて言えば、以前のように明智が仕掛けてくるのでもなく、思ったよりも早く目的地に辿り着けそうだということだ。

しかしいつもなら笑って「なんでもねえ」と返す政宗は、珍しく真顔のままだった。



「…いつでも戦えるようにしとけ小十郎」



その疑り深さを、何かしら大きな異変が起こっていることと結びつけるのは簡単だった。
こんな時の主の勘は、良きにも悪きにも当たるからだ。

政宗は何か探して動き回っていた視線を最後、目の前の空に戻していた。そして顎を引き、眉を顰めて、一言。



「誰かに、見られていた気がする―――…」



そう終えた。



◇―◇―◇―◇



「……」



(気付かれた、かしら)

青香はその光景を見て、一瞬目を細めた。
それを青琉は気付くこともなく、目に映る政宗の姿が別の意味を持って彼女を焦らせる。

(まさ…か…)

馬を走らせるその先は予想したくない。なぜなら―――私から跳ね除けたのだから。



「…此処よ」



しかしその一言で思考が停止した。



「彼等の向かう先は此処―――安土城」



青香が無表情に青琉を見て淡々と告げる。
映っていた光景が消えて、自分の姿が映った。しかし不意に青香の手が外れて地面に突っ伏す。



「ぅぐ…」

「ふぅん、…そんな顔をするのね。あの男、独眼竜を考える時のあなたは」

「っ…」



立つ青香はその浮いた鏡の下に手を添えて、そう言った。いつの間にか青香の顔の側にそれは上昇している。



「何だ…それは…」



知らないものだった。そもなぜ、見える筈のない伊達の姿が見えるのか。

その返しに満足げに笑って青香は口を開く。



「私はね、あなたを拾ってから【特別な力】を手に入れたの」



元々、一族皆と同じく扱いに長けていた霧や氷。でも【それ】が表れて私の世界は変わった。
―――千里眼。私には遠くで起きていることが見える。



『…』



嬉しいことは見えなかった。幼い私がよく見えたのは屍の山の戦場ばかり。見たくないのに、一度見たらその後はもう怨念にしがみ付かれているように見え続けた。
それでも、ただ見えるだけなら何も変わらなかった。でもある時から。



「【みえるものをうつし出す】―――それがどれほど遠くとも、見えればどこにうつすも私の自由にできた」



霧にその形をうつして、そこにないものを見せることも出来た。霧を凝縮させた薄氷で、より鮮明に見せることも出来た。
―――そして聞こえる音も、同調しているかのように、他の場所に聞かせることが出来るようになった。



「怖い?怖いわよね。そうして私はあなたに、嘘の記憶を見せることができたんだから」

「―――ま、さか…」

「そうよ」



青香は自身の頭を指差す。



「本来のあなたの記憶に【偽の】記憶を写した。私が考えた、あなたにとって最高の復讐劇をね」

「…………」

「そしてあなたは【私の双子の妹】、【私達が織田に仕えていた事】、【戦から帰った時には家も家族も焼けてなかった事】、【気を失ったあなたは光秀に助けられた】のだと思い込んだ」

「………………」

「あなたが光秀に連れられて見つけた牢にいたのは私を模した別人。表面を氷で覆った別の人間に、私の姿を映したの。私の身代わりよ」



にっこりと笑う青香に対して、声が出なかった。



「それはそうと、」


と言って。手にあった鏡は霧のように霧散し青香が見上げる。



「そろそろね。伊達は武田と共に此処に来る」

「…!!、」

「あまり見ると気付かれるから、乱用は出来ないけれど。
きっと噂の織田包囲網ね。他国の動きは今のところ報せがないけど、彼らを先行隊として正面突破…というところかしら?
甲斐の真田幸村、そして奥州の伊達政宗…二人の気質を考えれば真っ向から安土に攻めそうだもの」



独眼竜が、来る。他国と組んでまでやってくる。その意味を考えれば自ずと答えは見えた。
奴は本気で織田を、落とすつもりで向かってきている―――と。



「私は戦うつもりがないのに、これじゃあ戦わざるをえなくなるわねえ。どうすればいいと思う?」



どうすれば、いい。

働かない頭では楽しそうな声につられて、同じ言葉しか出てこない。



「あぁ、そうだわ」



と、青香が口角を上げた。



「また見せればいいのかしら。あなたがあの時、―――信長様に斬られた時のように」

「―――、」



一瞬何を言っているのか分からなかった。



「―――な…、」



しかし否が応にも理解し始める。そんな青琉に青香は何となしに付け足した。



「ああ、知らないの?あの時のこと。私とあなたの再会は彼に見えていたのよ」



―――あの男はあなたを助けようとしてた。でも私の罠にまんまと引っ掛かって、安土どころか別の場所であなたが倒れるのを見ていたわ―――

頭の中で言葉がこだまして目を閉じられなかった。



「最後にやっと気づいたような表情は、とても気分がよかった。奥州の独眼竜といっても、大したことないのねえ」



―――最悪、最低の事実。

私のしたことは、結果的に奴を巻き込んでいた。

―――忘れろと言ったのに、見せまいとした様々を見せることとなってしまった、んだ。
思わず、がりっと床を掴む。



「…」



それを見ていた青香の顔から笑みが消えた。



「悔しいの?」

「ッ!」



顔を上げる。



「―――やはりあなたにとってあの男は特別なの?」

「青、香…?」



嫌な、予感がした。



「私より、あの男が大事なの?」



違う。



「そういう…ことじゃない…ッ」



痛みに耐えて、起き上がろうとした。しかし、



「―――もういいわ」



と冷たい声の後。青香は青琉の髪を掴んで上に引っ張る。



「ッッ…、」

「どうせあなたには理解できない。―――愛する者の夢を見ながら死になさい」



そう言って口角を上げた口元を残し、ぐらり視界が歪む。目を丸くした青琉の瞳に映ったのは変わっていく青香の姿。霧に溶け込むようにそれは輪郭を変える。

凝視していた。
黒い眼帯、それを隠すように下りた暗茶色の髪。青の装束は。



「―――…、」



―――独眼竜だった。

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