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雨が酷い日だった。
『お、青香。帰ったか―――『父上』
ぴちゃぴちゃと雨でぬかるむ地面を踏んで帰った私を見た、あの時の父上の表情。今でも忘れられない。
『人が、倒れてた』
私の言葉なんて耳に入ってなかった。背中に背負われた、びしょびしょな人影を見て茫然と立ち尽くしてた。
◇―◇―◇―◇
すっと襖が開いてすぐ閉まり、誰かが入って来たとその音で思いながらも私は眼下で眠るその子だけを見ていた。
『目が覚めたか?』
視線を上げるとその子を挟んで向かいには父上が立っていた。表向きは穏やかだったけど、その顔は良く言えば真剣…悪く言えば厳しいもの。
膝を立てて、どんと座ると再び襖が開き母上もやってきた。
『ううん』
首を横に振ると、父上は目を閉じた。再度開けた後には目線をその子に向け、口を閉ざしていて。母上はというと父上の隣まで来ているのに、座りもせず動けずにただその子を見ていた。
『そっくり…ね』
『うん』
その目は信じられないものに対し、どうすればいいのか分からないという表情、そして顔は何処か青ざめ怯えているように見えた。
私はひとり子だったし、母上が他の男との子を身篭っていたなんて話もない。…何よりその子は私と全く同じ顔をしていたのだもの。それが普通の反応だったわ。
父上はというと、
「『どうして拾ってきた?』…そう言ったわ」
この乱世、何があるか分からない。素性も知らない者を連れてくるなんて、しかも明らかに偶然とは言い難い出来事なのに先に報せもせずに連れてくるなんて。言語道断だと。
でもこの時の私はまだ乱世を知らなかった。
【放っておけない】。父上と母上に『困っている人がいたら助けなさい』と教えられて、その通り自然に動いただけだった。
だから私は『このままじゃ死んでしまうって思ったから…』と返して、この行動は正しかったと、この判断は間違いなかったと思いたかった。
それともう一つ。
『放っておく方が…怖かった』
『!』
そう伝えて父上は、はっとしていたわ。
「私はたまたま持っていた大きな風呂敷で背中のあなたを隠して帰った。きっと他の者ならば、あなたを間者だと思ったでしょう。でも私はそうは思えなかったから」
「…」
「反面、私の知らないところで、私と同じ顔をしたあなたが殺されるかもしれないと考えるだけで怖かった」
私がどうなるわけでもないのにとてつもない恐怖を感じたの。
「…」
「それに、あなたの身に付けてるものは有り得なかった」
『―――なんだこの着物は…見た事ない』
『…』
大きな襟のついた短めの上着。腰より下を覆っていた筒状の衣服。草履とは異なって、堅く足を覆っていた履物。髪飾りも含め、数え上げればきりがない。どれも“今”には見られない高度なものだったから。まさか、と思った。
『この子は“今”の人じゃない』
直感だった。口を切った言葉は止まらず、まるで取りつかれたように、用意されていたかのように流暢に出てきて。
父上と母上が驚愕して私を見てきても、私は言わなければ。
『先の世から来た、』
はっきりさせなければ。
『私の生まれ変わり―――』
気が済まなかった。
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