奴は事もあろうか、我々織田の前に立ちはだかったのだ。



『地を這う蛇よ…余にかの首、棒げぃ』

『はっ―――』




馬鹿な男だ―――そう思った。私は信長公に命じられ独眼竜を討つべく出陣した。
地を這う蛇…信長公がそう称したかの男、伊達政宗。如何程の者か―――何れ直ぐ消える興味と感づきながら、私は馬を走らせた。



「―――テメェか、魔王のオッサンに言われてきたってのは」



衝撃的だった。その時吹いていた風の匂いも、音も何も入ってこなかった。

奴は、奴の軍はとても生気に満ち溢れていた。



「……」



眩しくて…私は目を瞑りたかった。

奴の言葉、剣技。刀を交じえながら、私の心は大きく揺らいでいた。



「Haッ、アンタやるじゃねぇか!名を名乗りな」

「死ぬ貴様に名乗る名等、無い」

「Hah…こりゃまたcoolな―――」



言葉が途切れる。伊達の副将が手で制したのだ。



「政宗様、ここは退くべきかと」



奴が眉を寄せる。止められたのが余程気に入らなかったんだろう。だが竜の右目…片倉の言う事は敵ながら正確だった。
…どうやら伊達は大将よりも、副将の方が戦いの中で冷静さを欠かないらしい。



「…囲まれております」



そう言うと片倉を、辺りをその隻眼だけで見回す伊達政宗。途端、目を閉じ刀を鞘へしまった。しかし余裕を含んだ笑みは残っている。



「hum…Its so chagrin。―――命拾いしたな、アンタ」

「!」



言葉の次には退いていた。と、行動を認識するのも後れを取る。
後手に気付いた時には、軽い身のこなしであっという間に馬に乗る伊達政宗がいた。



「楽しみは取っとかねぇとな…see you again―――unnamed lady」

「逃がさぬ―――」



何故遅れた?動きを止めた?と乱れる心の内と、それを決して見せてはならぬという己に課した縛りで、足はとても速く動いた。
あちらの事情など私には知った事ではない。馬を走らせた伊達の雑魚兵には目もくれず追い抜き、見えた背―――纒いし青に背負う“竹に雀”の家紋目掛け飛び上がると、両手で握った刀の切っ先を突き下ろす。

≪キインッ!≫

…だがその先は想像と異なった。竜の右目が伊達政宗の背と私の間に入って、止められる。



「政宗様には触れさせねぇ!!」

「くっ……!!」



ぐんっと剛力が跳ね返ってきて、宙で制止していた私は弾き返された。体制を整え着地した時には既に遅し。崖を飛び越え伊達軍は見えなくなっていた。



「青琉様!」

「大丈夫だ」



してやられた。竜の右目、厄介な男だ。



『so…good』



思い出して眉を顰める。耳に残るその声。はじき返される刹那で向けてきた、



(あの目―――)



伊達政宗。

その独眼は鋭かった。だが敵意というよりそれは、何処か見透かされているような眼差しで。最後に残したその言葉が、意味もわからぬその静かな言葉が反芻される。

ぎゅっと握り締めた拳。これは仕留められなかった事への後悔か。
そうである筈だった。

だが違う。

言葉に出来ない他の感情、強いて言えば
敗北にも似た虚しさ。

その時突如、大振りの音を立てて雨が降り落ちてくる。私は遠く北を見つめ言った。



「―――…撤退だ」

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