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『絶望しても死ねない…あなたは―――』
織田軍の青琉(もの)ですから。
深く深くその言葉は突き刺さっていた。去っていった光秀の声と共に胸の奥底に残っていた。
織田軍。それは復讐のための居場所。
一族は織田に仕え、そこに生まれた私は来るべき初陣に向け剣術を教え込まれた。そして初陣の間に、少し留守にした間に家は全滅した。青香の姿も確認できず、私一人だけ生き残り、復讐を誓い、戦に赴き、やっと見つけた青香も信長に殺された。
―――今まで生きてきた私はそう思ってやってきた。
でも違う。
―――逃げろ!!!―――
あの声を聞いて、私の中に違うものが流れ込んできた。
『見る……な…』
まるで最初からそこにあったのに、伏せられて見えていなかっただけだというように鮮明に浮かんできた。
父上の命を犠牲に生き残った私。織田軍で初陣を迎えたわけでもない。一族は織田軍と何の関係もなく、たった一人に皆殺しにされた。
『青琉』
優しく笑う、姉の手によって。
「…」
そして私は今此処にいる。
織田に囚われ、光秀に昔のように斬られーーー
『ど、してこんな事……するの』
幼いあの時と同じように、絶望に終止符を打つ事も出来ず生き長らえている。
あの時のように牢に繋がれて、生かされている。
(頭が、おかしくなる)
なぜ光秀に捕まり斬られたのかも、いつ何処でそうなったのかも、前後の出来事が何も分からない。
分かるのは、青香が皆を殺し、光秀が私を斬りつけた。それだけ。
自分の意思と関係なく治る体では、何度傷を負っても良しとする体では傷跡も残っていない。だからどんな傷を負い、どう治ったか―――過去を確かめる術がない。
今さっき奴に受けた傷ももう殆どが治っていた。当たり前に感じる、おかしさ。異常だと言う奴に、私は自信を持って否める事など最初から出来なかった。
そしてこの都合のいい性質が信長に気に入られていたのも知っている。
(…光秀、)
奴は始めから知っていた。私の治癒を人ごとのように揶揄していたのではなく、実際に確かめていたのだから。
それを私が知らなかっただけ。
忘れていただけ。
手を強く強く握り締める。鎖が震えて微かに鳴り合った。
すぐ治癒する私の体は奴にとって格好の遊び道具だっただろう。
思い出した事も今まで知らなかった事もおぞましくてたまらなかった。
なにより織田との関係を断ちたかったのに、再び此処にいる事が。
「…ッ、」
―――ただただ皮肉でしかなくて。
『あなたは―――織田軍の青琉ですから』
信長は全てを知って私の行動を許していたのだろう。光秀の行動も、私を嵌める為の罠だと考えれば合点がいく。
ーーー私は織田という鎖から逃れられず。
己が意志を持ち、自由になる事も討ち死ぬ事も許されない。のか。
「…、」
ーーー何の為に生きてきた。
何を信じればいい。
私の中にある新しい記憶が私を否定する。
私は、
「私は…何者なんだ―――…」
「知りたい?」
力のない呟きは同じ声の主に拾われて、体が一気に緊張し、目が閉じられなくなった。
青琉が顔を上げるとギィ…と鉄格子を開けて入り、彼女は足を止める。その人―――青香は青琉を見つめて微笑んだ。
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