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時は経ち、日を越して朝方。まだ薄暗い空に、山から姿を表していない太陽の光だけが混ざり合っている。音といえば、時々囀る雀の声ぐらいだった。
城から近いこの崖にも人一人いる時間ではない。それにも関わらず、そこから畑と城を一望して立っている人物がいた。凹凸が著しい足場で、片足を突き出た地面に乗せている蒼装束―――政宗だった。そよ風にさわさわと髪が揺れる。

カシャッ

その物音にぴくりと体を動かして、視線を後ろに遣る。



「―――小十郎」



見慣れた姿があった。

政宗の声を受けて小十郎はしゃがんで畏まる。彼は既に政宗と同じように戦衣装を着ていた。
政宗は再び目を居城へと戻す。



「You’re up early…眠れなかったのか?」

「あなた様より遅くして、右目が務まりますまい」



クツクツと喉を鳴らし笑う政宗。返ってきた答えが小十郎らしくて思わず最後は苦笑した。



「お前は気を張りすぎなんだよ。…coolに行こうぜ」



そう言って顔を下に向け、より己に近い距離にある景色を伺う。もう畑に出て来ている農民が見えた。いつものように長閑な光景。
ふわっとまた、そよ風が吹いて政宗の髪を撫でた。そんな彼の後ろ姿を見て、小十郎はぽつり呟く。



「…あなた様ならばお決めになると思っておりました」

「…」



何の事かと聞かずとも自覚はしている。



「…あぁ」



奥州への退却。魔王を倒す為の進軍が、青琉を目の前で斬られおかしくなった。



『忘れてくれ』



助けられた筈のアイツを止めきれず、



『―――可哀想な子』



手が届かないところで、予想出来た最悪の結果を見せつけられ。
…オレの手は、脚は突然石のように重くなり動かなくなった。頭では突っ立ってる場合じゃねぇ、助けろと。―――まだだと思っていても、体だけ死んだみてぇに言う事を効かなかった。小十郎が来て、やっと動いた体は帰路に着くしかなかった。

…認めたくはねぇが、真田と風来坊が来たのは



「待たせたな」



good timingだったのかもしれねぇ。

政宗は振り向く。小十郎を見下ろす目は静かに強い、いつもの物に戻っていた。三日前、何とか日を跨ぐ前に奥州へ戻り、次の朝から風来坊が訪ねてくるまでただ一人刀を振っていた―――あの頃とは大違いだと小十郎は思う。



「…にしても、」



そう切り出されて小十郎は目の前の政宗に意識を戻した。



「お前にしては随分大きなgambleだったな」



確かにそうかもしれない。偶然訪ねてきた前田と真田が政宗様の意識を変えて下さればとは思ったが、



「これもあなた様の為ならば、」



いい意味で高めてくれた。

薄ら笑いで言った政宗にもう負の面影はない。腕を組んでどこかこの会話を楽しそうにしていた。



「オレが動かなかったらどうしてた?」

「…時が熟すのを待つのみにて」



木がさわさわと葉を鳴らした。政宗は顔を俯かせ耐えるように肩を揺らし笑うと、小十郎を見て。



「お前は揺るがねぇな」



そう零した。

―――夜が明けて辺りは次第に陽に包まれる。今日という日を、出発の朝を告げる明かり。そろそろ越後に行っていた風来坊も此方に着くだろう。忙しねぇ野郎だ。まぁオレ達の邪魔をしなければそれでいい。



『…―――何故、お前はこんなにも…私を…』

『それは―――』




言えねぇまま。



『忘れてくれ』



お前を手離した自分に。



『…一旦奥州へ、戻りましょう』



撤退させた仲間に。オレは。



(けじめをつける)



「―――見てろ、小十郎」

「…」

「オレは示すぜ」



お前等が賭ける、この竜は伊達じゃねぇってな。
そう告げると顔を上げた小十郎。



「お前はオレの背中を守れ」



行くぞ、と言い残し政宗は小十郎の横を通り過ぎる。石屑を踏み締める音を聞きながら、



「―――はい」



頷いて。主の元いた場所に深く頭を垂れる。その目に人知れず安堵を宿して立ち上がると後を続いた。

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