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ギリギリと刃が歯軋りをする。受け止めるだけの政宗に対し幸村は一向に手を引かない。どんどん力をかけてきて政宗の顔が顰められた。



「テメェ、今は違うと」

「うおおおおおおおおおッ!!」



口を挟む余裕を与えず、幸村は政宗を力押しで一度突き放す。ぐっと歯を剥き出して着地を踏ん張った政宗が顔を上げると、二本の槍が連続で素早く交互に突き出された。烈火である。



「……」



戦う度に見てきた技。それ故の勘が、政宗を自然と上手く躱させた。見えていた歯も力が抜けた口の中に隠れ、顔を曇らせたままよける。そして最後のひと突きが放たれ、一瞬の遅くなった隙に一気に後方へ跳ね飛んだ。詰められた間合いを十分に取り直す。

ざざざっと、政宗は草履と土の摩擦を起こしながら着地して、砂煙を上げながら止まった。低く落としていた腰を漸く少し上げ、ギロリと幸村を見る。



「テメェ…!」

「紅蓮…脚ッッ!!」



しかし幸村は既に距離を縮めていた。手にある二本の槍を連結し、地面に突き立てて軸にすると回転蹴りを繰り出す。



「チッ…!」



ゴッ!と鈍い音が鳴って政宗の刀と幸村の足が強くぶつかった。得物一つの政宗は、一回転目は防ぐも、二回転目で刀を弾かれて。受身を取るもドンッと塀に激突した。

ガラガラと石が崩れ、煙が散満する。流石に気付いたのか政宗達のいる、この屋敷で一番端の庭に、近付くのを躊躇っていた家臣や兵達が来始めた。「ま、政宗様!?」「塀が…」「あれ、あれは武田の若虎!?」「何故此処に…おい、一体誰が」と小さな声で聞き合っている。

少しずつ晴れた煙塵の中、政宗は塵芥に埋まった体を起こした。



「テメッ…!」

「…の程度でござるか」

「!」

「その程度か伊達政宗!!」



政宗は唖然として目を見張った。あの暑苦しい叫びではなく、怒っている。それも怒りの矛先は自分だという事が何よりも理解できなかったのだ。
幸村は曇った顔のまま、真剣に言葉を続ける。



「某の知る伊達政宗は、戦いの途中で刀を手放す事せずいつ何時でも相手に向かっていく男」

「…」

「如何なる状況下でも、強き意思をその目に宿していた」



そこまで言われて政宗の表情は歪んだ。目を細め何か言いたそうに、でもその口は固く閉ざされたまま動かない。
幸村はぐっと二槍を握り締め、政宗を見る大きな目は強く、



「なれど、今のそなたのその目は!何を見ておる!?」



厳しく真っ直ぐと言った。
政宗は顔を伏せる。幸村も視線を落とした。



「某との戦いでも、この先の戦いでもなく…過去を見たまま動けずにいる」



一度そう言葉を切ると、ほんの僅かな静けさが充満した。周りにいた兵も家臣も自ずと言葉を止めていて、二人を見守っている。
幸村が勢い良く顔を上げた。



「たとえ受け入れ難きものを見たとしても、それがそのまま最悪な事態となったならば!…どうしようもない、かもしれぬ。
なれどまだ望みがあるのならば…!いくらでも己が手で進む事が出来る!その意思が潰えぬ限り!―――貴殿が某に言った事であろう!?」



ああ何時だったか、そんな事を言った気がしなくもねぇ。



「立て!そして某と刀を交じえよ!―――伊達政宗!!」



構える幸村。息を飲む人々。
―――辺りは静寂に包まれた。



「―――…good grief、」



それがどれほどの時間だったか。長いような短いような沈黙は、



「随分言ってくれるじゃねぇか」



パラパラ、ガラガラと軽重な音を発しながら転がり落ちる瓦礫とともに破られて。小袖や散らばる石屑の上を残骸が転がり落ちていく。政宗が体を起こして、一二歩前に進んだ。



「but、オレは毎度アンタの思う通り動いてるわけじゃないぜ?」



下がった顔で、ただし背中だけは真っ直ぐ姿勢を正しながら横に歩き出した。



「オレはな、」



じっとその姿を目で追う幸村は理解していた。

政宗は地面に突き刺さっていた己の刀を握り、振り抜いて幸村に差し向ける。
―――鋭く細い、いつもの強い眼差しが戻っていた。
強い風が吹きつけ、ごおっと二人の背を押した。



「“オレが”望むように動く。指図されねえ。例えどんな状況でも、」



もう



『忘れてくれ』



―――あんなことは言わせたくねぇ。



「…それがこのオレ、”伊達政宗”だ。だろ?―――you see?」



そう、自分に言い聞かせるように。政宗は一度だけ長めに目を閉じた。

アイツの笑う顔を見たかった。死んだ家族の為に生きるアイツが違う事を考え、表情を緩めるのを見たかった。
ただそんな気の緩みがアイツの望む復讐を許してもいいと。



『忘れてくれ』



そう言って静かに笑ったアンタに、許してしまったのかもしれない。

この手を離す事がどういう意味か、離してはいけないと―――分かっていたのにだ。



「それでこそ、政宗殿よ」



一時の笑みが欲しかったんじゃねぇ。オレは、



『迷うなら来い』



最初から―――アイツの全てが欲しかった。

政宗が先に走り出す。その足取りに先程までの迷いはなく速かった。両手で掴んでいた一刀の先は、走りながら幸村を向いて固く固定された。
幸村も政宗目がけて走り出す。その顔はこころなしか明るくなり、純粋に好敵手との戦いを楽しむ様で。


「真田幸村ァッ!!」
「伊達政宗ぇっ!!」



互いに得物を強く握って、一瞬で間合いを詰めた。

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