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チュンチュンと、枝に止まった二羽の小鳥が首を傾げて囀る。
奥州の空は青々と澄んで、眼下に見る緑との対比を美しく為していた。大自然が育んだ渓流が、森林が、そこに生きる動物達が変わらず其処にある。
そして長閑なこの地に生きる小十郎も土仕事から体を起こし、額の汗を拭った。

畑が広がり、緑黄色を土から覗かせる野菜や実をぶら下げる果実が風に葉を揺らす。そんな平和な光景は先刻の騒ぎを夢とでも言うかのようだ。



『米沢城は織田が占領した』



あの一言から急接近した織田との戦。俺、片倉小十郎は城の安否をこの目で確かめるべく政宗様と離れて引き返した。途中で後を追ってきていた明智光秀と馬上戦闘になったが、奴が忽然と姿をくらましたため、城に直行した。最優先事項は奥州の安全だったからだ。
事実、城は奇襲を受けていて皆倒れていた。が、幸い死人も何かを取られた痕跡も無く、城の奴に聞けば突然煙が流れてきて意識を失ったのだそうだ。
…大方、催眠煙幕の類―――武田の忍の見た鉄紺の髪の女の話が頭に浮かんだ。
奥州で番をしていた伊達の忍は、鉄紺の髪を結わえた女との戦闘になったと言っていた。その女はかなりの上手で、手も足も出ず死を覚悟したが、命は取られなかったのだという。手足をやられ行動不能にさせられただけだったのだという。

ここまで聞けば、あの女の目的は城を落とす事よりも伊達を煽る事―――寧ろ俺と政宗様を余程離したかったように見えた。とはいえ、



『でも…ま、だ』



兵を惨殺された借りは消えていない。

俺は奥州を後にし政宗様を追った。そして再び明智との戦闘になった。内心焦っておられるような政宗様を見て、あの場を引き受けた。

…それでいて明智を逃してしまったのは失策だが、魔王と渡り合う前ならそこが引き際だ。そして今回は思っても見ねえ事態が多かった分、これが最善だろうと思っていた。

名も知れぬ城跡で立ち尽くす政宗様を見るまでは―――。



『…一旦奥州へ、戻りましょう』



なぜこのような何もないところにいらっしゃるのか。あの女、青琉はどうなされたのか。

顔を伏せ、手を握り締めたままぴくりとも動かない政宗様に俺は言わんとしたそれらの言葉を止めた。
俺達は撤退せざるを得なかった。



明智光秀は消えた。いや、正確には戦っている最中に姿が歪んで霧に紛れるように見えなくなった。それは政宗様が感じたものと同じようで。
どうやらその時起こっている事が他の場所に、あたかも目の前で起こっているように現れるらしい。どうも忍の術にも思えるが織田の、青香という女だろうと政宗様は思っておられる。



(魔王はどこまで手札を隠してる?)



つい先刻青琉の存在が明るみに出て、今度は青香という女。しかも青琉の死んだ双子の姉だという。その上、そのやり方。
俺は見ていないが、あの方は見てしまったようだ。目の前で魔王に斬られたのを見てしまったようで。

あれから2日。ずっと一人、朝から晩まで刀を振っておられる。



◇―◇―◇―◇



オレは。



≪ドスッ≫




一体何してた。

刀が空を切って、ブンッと鳴った。

…アイツが膝を付いて、倒れていくのを見ていただけか。

前へ振った刀を、振り向き後ろへ突き出す。風が靡き、政宗の髪が揺れた。



(見えただけで本当にそこにいるとは限らねぇと)



あの女の見せる幻に、霧が立ち込めるあの場所なら有り得ると気付けた筈だ。
小十郎が霧を吹っ飛ばして来た時に気付いたのだ。霧がないと見えない、霧がkeyなのだと。霧が無くなった途端、あっちの様子が見えなくなったのはそういう事なのだろうと。
声が聞こえたのも、霧が立ち込めてるとこだけだった。

あの廃城も、冷静になって一度考えていれば違和感に気付けた筈だ。いくらなんでも人気がなさすぎると、閑散としていると足を止めた筈だ。
霧を払えばすぐ分かる事だった。あの女が笑ってから気付く。

―――だんっと踏み切って下から斜め上に斬り上げた、風に青々とした葉が舞い上がる。丁度半分に切れて、はらはらと地に舞った。ぐっと柄を握り締める。



(When did I lose cool?)



ごおっと背中に風が叩きつけて。襖から忍び込んだ疾風が小部屋を一周し、飾っていた風車をカラカラと回転させた。音が続く中で、庭にいる政宗は黙って立っている。
カラカラ、カラカラ。風車はただその沈黙に乾いた音を鳴らし続ける一方で、政宗の耳にはひとかけらも入っていなかった。

あの最後。青琉と同じ顔が己を嘲笑う様を思い出して。

手に力が入った。



「―――独眼竜」



政宗が目を大きくした。ちら、と振り返るとそいつはいた。



「伊達政宗殿とお見受け致す」

「真田幸村」




赤い鉢巻。赤い上着。赤い篭手。赤い臑当。そして赤い槍。ああコイツは紛れもねぇ、真田だった。…幻じゃねえ。



「なぜアンタが此処にいる?」



意味が分からなかった。急に、しかもなぜ突然改まって―――まるで初めて面合わせしたみてぇな物言いなのか。

そして相手してやる気分じゃねぇ今、此処にいるのか。

政宗は幸村からふっと目を逸らすと、



「誰が入れたか知んねーが…帰りな」



彼を横に再度一人、刀を振る。幸村は動かずただ大きな目を政宗に向けたまま、佇んでいた。政宗は動かない幸村に目もくれずひたすら風を斬る。
その時。ふと幸村が「―――御免」と口を開く。



「!」



がきんっ!

突如迫った二槍の穂先が、振り返った政宗の刀と火花を散らした。 

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