38
思い出した、全て。“私”の全てが失われたあの日、起こった事。
走馬灯のように流れてきて、
私が今まで思っていた記憶が全て違うものに変わっていく。
『行ってはならん青琉!!』
知らない。
こんな記憶知らない。
『逃げろ!!!』
炎が屋敷を飲み込んでいた。その中で父が“私”を抱き込む光景。突然父に抱き込まれて“私”の視界は黒く閉ざされた。強い力が痛くてさらに目を瞑った。
そんな“私”の顔に降りかかる、生温かくて、気持ち悪いもの。
目を開けたら視界が赤く染まって。紅い液体に塗れて。
―――父の血で“私”が真っ赤だった。
『あ…!あぁ…ッ!!…』
混乱した。どうして。なんでと。
辺りを見回したがよく見えなかった。父と床に挟まれて身動きできなかったのだ。誰か、誰か…と声を出そうにも出なかった。
そんな“私”の目を急に大きな手が遮り、びくりと震えた。
『見る……な…』
呼吸が自ずと浅くなった。汗が滲んだ。父が今までになく怖かった。視覚が無いだけで不安は一層膨らみ、塞がれた目からは涙が出ていた。
何。何が起こっているの?何がいるの?
あの時の“私”はそう思った。父があまりにも強く目を塞ぐものだから、聴覚だけが異様に研ぎ澄まされて炎の弾ける音と屋敷が崩れる音だけが感覚を占めた。
(誰も、いないの?)
誰も“私”達を助けに来てくれないの?
ねぇ、皆は。
屋敷の皆は?
そう思った時。
―――突如父の手は滑り落ち、見えたのは母の姿、乳母の姿―――辺りに倒れる屋敷の皆だった。
目は自然と見開き、震えて逸らせない。
『あ…ッ…、どうして…』
漸く出せた疑問の言葉も答えてくれる父はもう息がない。
血なまぐさい、吐き気がする。
目を閉じたい、でも閉じるのも怖い。
炎が木を蝕む音だけがする。
口が渇くのに閉じられない。
辺りは熱いのに背中にあった父の手が、頬に触れる顔が
―――とても冷たい。
あの日の“私”は少し前まで稽古をしていた。なのに父上が出掛けていて、“私”が忘れ物を取りに行って、戻ってきたら―――家が燃えていた。
“私”より先に戻った父上がしゃがんで何か揺すっていたから、『何があった』と声をかけていたが反応はなかったから。怖くなった“私”は青香を探しに行こうとしてそれで…。
父上がこうなった。
(青香、は…)
―――ぽたっ、と顔に冷えた何かが垂れた。“私”は顔を上げる。刀から滴る赤。視線を上げていくと“私”ぐらいの大きさの手に握られていて。見える髪は鉄紺。顔は―――。
『―――!!!…、』
言葉を失った。
青香が一言、違うと言ってくれればそれだけで良かった。一族を殺したのは他にいると、これからは一緒に探そうと言ってくれれば、それだけで救われた。
「―――…ふふ」
でも、
「思い出してしまったのね」
でも。
「―――可哀想な子」
青香は。
刹那。バンッと開け放たれた扉。政宗は言葉を失う。
青琉の背後を走った刃。前のめりに体勢を崩した彼女の腹を、信長の剣が貫く。
血が地面を走った。ごふっと吐き出される音が政宗の耳に届いた。
飛び出していた。無我夢中で走った。
揺れ動く視界の先で信長が刀を引き抜き、一二歩歩いて膝を付く青琉。
信長の後ろ姿しか見えなかった。その背に向かい、飛び上がり刀を振り上げた。
しかし、だ。
ビュンとすり抜けて、政宗は目を剥いて動けなくなる。
信長が―――見えていた光景そのものが、ぐにゃりと歪んで消えていく。
その時、青香の目と不意に合って、彼女は笑った。
(shit…!)
青琉のゆっくりとした呼吸がやけに響いて聞こえる。息絶え絶えの呼吸が、よく聞こえる。
刀が床を跳ね、どっと床に手をつき、薄れていく青琉に政宗は手を伸ばした。
(くそ…ッ!!)
ぐらりと彼女の体が傾いたその時、霧が吹き飛んだ。
政宗は顔を腕で覆いながら着地する。
まるで別物だった。
今まで見えていた城内もそこからの赤黒い空も全て映り変わって、ボロボロに壊れかけた壁や塀、高く広がった天井からの明かりがあった。そして人の気配のない静けさ。
此処は廃城だった。
―――最初から己以外誰もいなかったのだ。
手を強く握り締めて、唇を噛み締めて。政宗はただ其処に立ち尽くした。
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