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その時だった。響き渡ったのは鉛と鉄が弾ける音。政宗は刀を抜き、即座に銃弾を防いでいた。



(shit、雨で気付くのが遅れた)



素早く起き上がり、青琉を庇うように立つ。がさりという音に目を向けた。



「やっと見つけましたよ―――青琉」

「光秀…」



青琉は体を起こしながら茫然とその人物の名を呟いた。

光秀はそんな青琉の強ばった顔をしかと目に映し、口角を上げると共に目を細める。



「私が戻ったのがそんなに驚きでしたか?青琉。私もあなたと標的は同じ…なのに私だけ置いてきぼりなんて酷いじゃないですか」

「…」



苦しげに青琉の表情が歪んだ。



「アンタ…小十郎はどうした」



政宗は光秀の注意を引くようにそう投げかける。奴が信長を手にかけようとしているのは本当らしい。
彼の登場と共に一層強くなった雨に顔を曇らせた。

対する光秀は「そうですね」と夢うつつのような掴みどころのない所作で向こうを向いた。



「彼ならもう少しかかるでしょうね。あぁ、死んではいませんよ?主君の命を優先させてあげました。―――大事ですからね、居城は」

「…」



挑発のつもりなのか何なのかは、今に至っては重要ではなかった。
刀を軽く構えながらも手を緩めずに聞く政宗は、前後左右を意識する。先刻飛んできた種子島はおそらく奴の部下だろう。激しい雨音と暗い森、そして今青琉をかかえる中で大きく動く事は出来ない。

そして話を聞けば明智を追っていた小十郎は米沢城に戻ったという事。城で番をさせていた者が連れてこられ殺されたのだ。恐らく事態の確認をしているのだろう。
…何の知らせもないのは早急な事にはならなかった、あるいは早くに城を出て此方に向かっていると思いてぇが。



(端から、オレと小十郎を引き離す算段か―――)



察しはついていた。それでいて乗ってやったのだから、そこに後悔はない。

しかし分からねぇ。態々オレと小十郎を離すのに明智が出ていって青琉を自由にさせる理由が。
お互いに同じ首を狙うなら万が一…という事も考えない奴ではない筈だ。青琉より奴の方が寝首を掻いてもおかしくねぇ。
それなのになぜ手間暇かけて青琉の前に戻って来た?
何だ?

―――奴は何を考えてる?

政宗の表情は益々きつくなる。光秀を睨むように見上げるも、当人は少し目を伏せ小さく笑みを浮かべるだけで。



「…と、そんな事よりも」



―――しかしその口角は静かに深い三日月の憫笑に変わる。



「面白いものを見せてもらいました。―――あなた達がそんな関係だったなんて、ねぇ青琉?」

「―――ッ、」



揺れる青琉の肩。思わず一瞥し、また光秀に向き直り眉を顰めた政宗。



(まさかコイツ)



どんどん下を向いていく青琉の顔。いつもなら【ふざけるな】と怒りを滲ませて一蹴するのに、寧ろそうであれば鼻で笑って奴を見下すつもりだったというのに。
―――青琉は何も言わずに顔を伏せてしまったから。



『…―――なぜ、お前はそんな事を…私に…』

『それは―――…』




…そんなつもりはなかったと言えば嘘になる。だが迂闊だった。
奴に気付けなかったのは事実だ。

刀の柄を握る手に込めた。



「テメェの思うような事はねぇ―――だから安心して失せな」



限りなく感情を殺して言い放った。

光秀はそんな政宗の心中に気付いているのかいないのか分からないが、この状況を愉しんでいるようで冷笑はさらに不気味さを増す。止まっていた足を一歩二歩と進め始め、すかさず政宗は構え直した。



「あぁ、それは残念…ではこれで最後にしましょう」



ぴくりと青琉の指先が動く。



「青琉、」



あなたは私に言いましたね。と言って政宗と青琉から一定の距離を保ったまま円を描くように歩き始めた。



『目的の為の共闘とはいえ、もし足手まといと感じた時は』



「『…お互い排除されても文句は言えない』と、」

「…」



光秀を目だけで追っていた政宗の表情がますます険しくなって。途中でまた元来た円を描いて歩いて戻って来る光秀に、じり、と土を踏みしめる。



「その様子では独眼竜に負けたのでしょう?挙げく説得され納得しかけている。そんなものだったのですね。あなたの―――復讐は」

「shut upッ!!!」



光秀に向かって飛び出した政宗の刀が早かった。一歩踏ませるより先にぶつかって、甲高い音が鳴る。



「これ以上言えば、」

「どうするんです?独眼竜」



片足後ずさっていた光秀だったが受け止めていた二本の鎌で政宗の武器を押し返す。



「あなたが感情的になるなど珍しい…、」



今度は光秀が先手を取り、歪曲した鎌が政宗の刀身に降りかかった。大きな音と強い閃光を放つ。



「青琉ですか?」

「―――失せろ」



小さく聞こえたのは態とだろう。青琉には聞こえないように、だがオレには喋りたいようで胸糞悪い。



(アンタの好きにはさせねぇ)



刀一本で受け止めながら眉を深く寄せた政宗だったが、一瞬に力を込めて押し飛ばす。しかし足りなかったのか光秀は宙で立て直し着地した。



「チッ…」

「青琉も青琉―――あの時私に見せた執念は、まだ会って幾日かの者の言葉で変わる程度だったのですか」



そう言った瞬間政宗の刀は光秀の顔目がけ突き出されたが、光秀は体重を後ろに傾けて避けた。しかしそれで終わる政宗ではない。切っ先を斜め下にして体勢の崩れるであろう光秀を斬ろうとしたが、瞬時に体を翻されて、これも避けられる。



(チッ…くねくねと…)



蛇のように不規則で面倒だ。だがその事を一々指摘する程、光秀との戦いに時間を割くつもりはなかった。
―――青琉を光秀から遠ざける。
それが今最優先で、抜くつもりのなかった残り五爪を頭に掠めながら、再び距離を詰めた時。



「―――それでは私が先に、」



光秀が口元を歪めて笑う。



「殺してしまいますよ」

「…―――ッ!!!、」



細かった目を見開いてそう言った。
反射的に抜いた六爪をこれでもかという力で振り下ろすと、爆風が起こる。
その砂塵の中から後ろへ飛び出した光秀は髪の毛を少し斬ったぐらいで、着地し斬れた腕を舐めた。



「あぁ痛い…痛いですねぇ…独眼竜。そんなに怒らないで下さいよ」

「…fuck off、消えな。今すぐだ」



≪―――ザッ≫



「これ以上言うようなら―――」



はっとして言葉が途切れた。直ぐ横で風を感じたのは、横を追い抜かれたのは。
…まるで時が唐突に流れを変えて遅くなる。その姿をつい凝視し、咄嗟に六爪を仕舞い腕を掴んでいた。



「…」



ピタリ、と。その腕を引く前に振り返って突き付けてくる、目と鼻の先で止められた切っ先。カチャリと音を鳴らす、だが下ろされはしない鋭く光る刃先があった。



「…青琉」



そう、目の前の女の名を呼んで見つめた。



「…独眼竜」



すると小さく開いた口。



「           」



雨音が、



「         」



青琉の言葉を隠す。政宗は目を見張らせていった。そして、するりと青琉の腕は離れる。



「…待て」



足音が遠ざかっていく。



「行くんじゃねぇ青琉!!」



追いかけようと足は動いていた。すると青琉は足を早めて走り去っていく。
そんな青琉を隠すように光秀が道を塞いだ。



「いけませんよ独眼竜」

「退け…!!」



瞬時に六本抜いて斬りかかる政宗。刃が噛み合い、ギリギリと押し合いを続ける中で光秀は言う。



「これは青琉の意思なのですから」



何人たりともその決意を邪魔するのは許されません。

そう言う光秀を苛立ちを込めて睨み付け、同時に離した得物を再度打ち合った。そして互いに一歩退く。先に走った政宗だったが、光秀が立ち塞がった。



「テメェ…ッ」

「フフ…」



今こうしている間にも青琉が遠くなる。



「…ッ、」



命を捨てに行かせてしまう。



「つけあがるんじゃねぇ!」



速攻の六爪で凪ぎ払う。咄嗟に防いだ光秀の頬や腕、胴をかすめ血が流れた。
しかし光秀はあくまで刃を鎌で受け止め続け、政宗の歩を進めさせない。



「ああ竜の爪、想像以上の良い味です…。さあ、もっと私と遊んで下さい」

「生憎テメェとはそんなtensionになる事はねぇ。そこを退け!」



六爪と二鎌。歯軋りする刃は少しだけ政宗が押す。しかしなかなか均衡は崩れず、政宗の顔は見る見るうちに険しさを増した。
そんな中、決して軽くはない傷を負いながらも、



「―――しかし残念です」



冷めない笑みを浮かべて光秀は言ったのだ。



「彼女には先を越されてしまいましたから。…ああでも、」



―――言葉とは正反対の愉悦を頬に刻んで言ったのだ。



「これでは信長公ごと頂く前に、」



―――死んでしまいますね―――

そう言って困ったように笑う。政宗が目を見開いた。
刹那。どん!と青い稲妻が上がり森を突き抜ける。空高くまで煌めいて巻き上がった爆発で、鳥達が一斉に羽ばたき逃げるように散った。

―――そして煙が晴れた時には、仰向けに倒れる光秀に政宗が刀を突き付けていた。

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