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「―――…ふ、ククク」



その頃。首を挟むように二爪を突き付ける政宗に対し、光秀がそう笑いを漏らした。少しでも下手な真似をすれば首を討ち取るつもりだった政宗は、直ぐ様刀を振り上げる。



「…そんな事したって、」



青琉は帰ってきませんよ。

―――後一寸というところ。刀は急停止した。
光秀は首の凶器に目も遣らないで、反った首で上向きになった顔の、その目に入る木々に囲われた曇天をぼんやりと見つめている。



「一度言った事は覆さない。いえ、覆せない。…甘えられる場所を彼女は知りませんからね」



そう言い視界の外だった政宗に光秀が目を戻す。己を睨み付けたまま、何も突っかかってこない政宗に口角を上げて見せた。
政宗は刀の柄を強く握る。押し込もうとすれば討ち取れる距離。討ち取ることは出来る。だがそれでは。



「しかし残念でした。あの復讐しかなかった方に、別の情が芽生えた。葛藤していても、数年の孤独に…青琉なら選ぶと思っていましたよ。あなたをね」

「…」



奴の思う坪だとも、薄々気付いている。こいつを殺してしまえば満足するだろう。しかし何も分からないままだ。それでは追ったところで意味がない。



「なれど結局はあれですか。同情しますよ独眼竜」



煽っているだけだと分かっている。



「あなたの言葉でも変えられなかった」



乗ってしまえば結果的に奴を満足させるだけだという事も。それでは、



『…待て』



手放した意味にならない―――。



『お前には助けられたな、』



アイツはそう言った。腕を掴むと、刃を向けてそう言った。聞き間違いじゃねぇ。それはアイツらしくない言葉で不意打ちを食らった。



『だがもういいんだ』



一瞬手に込めた力は一人納得するような言葉の後に抜けた。納得する為に震えるほどの力で柄を握ったようにも見えた。

青琉が何を納得したのか分かる筈もねぇ。何がいいのか分かるように説明しろ。
と、聞き返そうとした時。



『忘れてくれ』



そう言われ、すり抜けた手を直ぐ掴む事ができなかった。
ただ呆気にとられて動けなくなった。



「―――あなたより、一族の誇りを選んだのですから」



アイツの心の奥にある闇を、



『―――…お前に何が分かる。強さも、仲間も
帰る場所もあるお前に何が分かるッ!?父も母も姉も、一族全てを奪われた
―――私の何が、何が分かるッッ!!?』




苦しみを取り除けるほどオレはアンタを、知らなかったんだろう。



「青琉に何を望むというのです?」



青琉の望みより、アイツを危ねぇ道に走らせたくなかった。ただそれだけだ。



「―――あなたのしてきた事は全て!無駄だったのですよ!くっ、ははははは!」



光秀が興奮したように嗤う。黙って動かない政宗。光秀に向けて止めていた刀を少し下げた。



「…確かにな」



「…は?」と言いたげに目を丸くした光秀が哄笑を止めた。



「無駄、か」



そしてやっと気付く。政宗の様子が、纏う空気が。



「そうかもしれねぇ」



何か違うという事に。



「―――だが、」



光秀は気付くのが遅かった。
どすっ!という音と共に彼の笑みが引きつって、首の真横に突き立てられた刀を目だけで確認する。そして政宗に視線を戻そうとした瞬間。
光秀の視界は真っ白な光に埋め尽くされ、森を突き抜けた雷が空に上がった。







「―――…!」



時を同じくして、足を止める者がいた。地面が重い音を鳴らして揺れる。
雨宿りの為に羽休めをしていた鳥達が、一斉に翼をばたつかせて飛び立つ。それを目で追いながら空を仰ぐと、黒い頭上で幾つも稲妻が踊っていた。



「…」



沈黙に言葉を乗せることはない。足は通り過ぎ、だんだんと加速して走り出す。

―――逃げるように走り出す。







「―――…あぁ」



そして雷が立ち上った其処は。水をいっぱい吸った地面から蒸発するような音がしていた。穴が空いた地からは煙が上がり、一帯の木々は幾つも倒れて割れている。



「この痺れる痛み…これですよ…」



首を反らせて大の字で倒れている光秀が呟く。政宗の雷を食らいながらもその嗤いは頬に溜めたままでいた。
彼は上体を起こしながら、かくんと首を前方に戻す。
対する政宗は刀一本を残して、



「しかしまだ足りない…至極の味にはまだ…」



それ以外を仕舞って近づいていった。



「…Ah、だろうな。―――テメェはまだ満足してねぇんだろ?」



はっきり見えてくる光秀の姿が、ぴくりと反応する。



「おかしいとは思ったぜ。テメェの目的はただ一人で魔王とやり合う事の筈だ。それを態々敵を増やしてやるmeritは何か、ずっと考えていた」



がっと片手で胸倉を掴んで、もう片方は刀を掴んだまま光秀の首に触れるか触れないかで留め置く。さらに胸座を引き寄せ言った。



「…吐け。アンタはアイツに何をさせるつもりだ」







「―――…」



その頃、青琉は安土城に辿り着いていた。

兵はたくさん殺した。謀反と騒がれる前に、後ろに忍び寄り、喉を掻き切った。帰蝶も蘭丸も他国に進軍していていない今、目的の場所まであっという間だった。

前を見据える青琉の瞳には玉座に続く大きな扉がある。



「…」



ぴたりと扉に手を添えて、押した。見えてくる大きな広間。ぎらついた青琉の目に一人、真ん中で頭蓋に囲まれて座す男が映る。



「青琉」



その男は重たい声と共に、持っていた頭蓋骨を握り潰した。



「愚か者…―――余を討ち存ぜるとでも思うたか」



強く、圧倒的な眼差しが見下す。
拳を握り締めて、歯を食い縛った。



「…黙れ」



足を進める。



「黙れ黙れ黙れぇえッッ!!―――お前を殺す!!
織田信長ああッッ!!」



言葉と同時に飛び上がり、頭上めがけて刀を振り下ろす。







「―――…全く」



そして、今だ政宗に掴まれている光秀は困ったように笑って続けた。



「人聞きの悪い」

「…Ah?」

「私はただ、」



―――姉妹の再会を手助けしたかっただけですよ―――

と。急に出されたその言葉に、



「姉妹…だと…」



政宗の表情が固まる。はっとして、弾かれたように顔を上げた。



◇―◇―◇―◇



青琉は目を見開いて動けずにいた。



「何故、だ」



信じられないものを見るような眼差しで狼狽していた。



「何を驚いているの?」


彼女は言う。
信長の代わりに刃を受け止め、一歩後退る青琉を見つめて。クスリと笑った。



「―――私よ、青琉」

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