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『―――な、』



何を、言って、いる。

この時の私は思ってもみなかった言葉を受けて、煮えたぎっていた敵意は水をかけられたように消えていた。いや、正しく言えば敵意の行き場がなくなってしまうくらい、何も考えられなくなっていた。




「私には双子の姉がいた。だが焼き討ちにされたあの日、死んだと思っていた。見分けがつかないくらい激しい惨状で、挙げくの果て、炎で殆ど跡形もなかったのだからな」



しかし亡骸を確認していないのだから、生きている可能性がないわけではない。
そんな僅かな望みに私の心は直ぐ揺らいだ―――。



『驚かれるのも仕方ない、』

『…証拠は?』



だが所詮奴の戯言。最初は信じなかった。
そして返ってきたのは『ついてくればわかりますよ』の一言。“どうせ世迷言だ”と鷹をくくっていたのに、“もしかしたら”という淡い期待も捨てられなくて私はついて行っていた。

案内されたのは城のさらに地下。しかし知らない隠し通路。『此方へ…』と誘われて、暗く狭く人の手が行き届いていない洞窟のような場所に案内され、先刻とは違う『私だけ、知らなかったのか』という動揺と疑問が頭の中で繰り返されていた。
そうしている間に前を歩いていた光秀が足を止め、やっと辿り着いたそこには鉄格子がはまっている。その奥を見て愕然とした。



『青、香…』



それは喜ばしい再会なんてものじゃ微塵もなかった。
痩せ細った姿。暗い空間に差した明かりで漸く、見間違えなどしない瓜二つのその面影を視認できた。
私の双子の姉、青香がそこにはいたのだ。
抜いていた刀は手をすり抜けて岩床に落ち、錆びて壊れていた錠を放って、中に入った。
私は彼女を抱き締めて、少し後ろで黙って立っているだけの奴に『何故、今まで黙っていた』と問った。



『私を恨むのは筋違いですよ』

『私が一族の仇を討つべく生きてきた事、貴様知っていただろうッ!?』

『ええ、勿論。なれど私には関係の無い事です』



そして唇を噛んだ私に奴は言ったのだ。



『恨むのならば、』



この事を明かさずにいた、



『あの方を―――恨むのが普通じゃないですか?』



と。しかしそれはあり得ない。信長公はあの日、私と同じく出陣していたのだ。



『―――何故、』



まとまらない頭で考えて漸く出てきたのは、何に向けたらいいか分からない怒りと疑問だけだった。
帰蝶や蘭丸は知っていたのかは分からない。…いや知っていたのだろう。私と光秀だけが知らされていなかった。
あの時の私は『知っていたなら、もっと早く知らせなかったッ!?』と奴への理由をただ問うだけの無力な女だった。そんなことをしたとて甲斐がない『私だって見つけた時にでもお知らせしたかったですよ』と後付けのような言い訳が返ってくるだけだというのに。



『なれど…分かっているでしょう?』



忙しなく働いていた思考は、そこで止まったのを覚えている。
その日は信長公、帰蝶、蘭丸が近隣の小さな国に出陣していて居なかった。
―――留守を預かるのは光秀と私だけ。
刺客である私が戦に参陣しないのはいつもの事。だからこそ何も不思議に思わなかった。そして光秀が信長公ら三人に距離を置かれていることも分かってはいた。

その最中明らかになったこの事実だ。



『………ッ』



私は焦っていた。そうしていてもやがて三人は戻ってくるだけ。そして奴の手前、そして織田の息のかかる此処から私一人の力で彼女を連れて逃げるなど不可能だとも理解していた。

その時奴は言ったのだ。



『貴方の目的は何ですか?青琉』

『―――、』

『このまま彼女と共にただ終わるのを待つだけ、と?』

『……』

『いいえ。そうではないでしょう?』



あなたは強くなった…―――青琉。



『身内を失った日から心も体も格段に成長し、今では織田の底を支える見えない柱。隠密で終わらせるのはとても惜しい』



今こそ、巣立つ時ではないのですか?
―――その言葉がやけに響いた。



『飼い慣らされた狗ではなく、牙を剥いた狗になるのです。戦に出ればもっと早く強くなれます。伊達や武田…各国の猛者達と戦うのです。
―――信長公への復讐を遂げる為にも』


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