23
吹き抜ける強い風。二人の髪が靡き、ぽつぽつと雨が降ってくる。その中で政宗はじっと青琉を見つめていた。ふと目を細め、静かにその言葉を反復する。
「復讐―――」
「そうだ」
瞬き一つせず即答した青琉。その短い言葉からでさえ、その恨み辛みをうかがい知れる。
「我が一族は代々織田に仕えていた。重臣として傍にいつも控えていた」
今では魔王と謳われる織田信長も、我が一族を買ってくれていた。私が生まれるずっと昔からだ。
そう言う青琉。語りだした彼女の言葉を黙って聞く。珍しく饒舌で内心では驚いていたが、胸の内に秘めた。
そうしている間でも止める気配はなく、彼女は続ける。
「私達の働きは相当な評価を得、重要な任を任されてきた。だが、」
≪パチパチ…≫
―――火が木屑を燃やす。
瞳に映る紅い炎。焼け落ちる屋敷。動かない人々の骸がそこにはあった。
「幼い頃、任に就いていた私が帰ってきたら一族は皆殺し。人、屋敷の区別が出来ないくらいの炎が燃え上がっていた」
初陣だった。小隊長として駆り出され一族の一人として【帰蝶】、【光秀】、【蘭丸】そして【信長公】と共に織田を率いた日。
上々の成果を出し、部隊長に引き抜かれる事が決まった。そして留守をしていた家族に報せようと思っていた矢先。言葉を失った。誰にやられたのかも分からない。確かなのは【帰蝶】、【光秀】、【蘭丸】そして【信長公】―――共に戦に出ていた主力四人には出来ないという事で。
「信長公は絶望していた私を見捨てなかった。私の“可能性”にかけ、織田という場所を復讐への成長の為として機会を下さった」
一族を殺した仇を討つ為に、私を強くしてくれた
「…信長公の事だ、復讐という一種の悲劇に興味を持ち笑っていただけかもしれない」
だが
「それでも…誰かに笑われるとしても、私にとっては許せなかった」
「…」
大切な家族だった。私の世界だった。私の―――全てだった。
「仇を見つける為、ひたすらに剣を極めた。そして私は織田の部隊長になった」
だが私は己の存在を広めたくない。
戦に出ればおのずと私の事は他国に知れる。敵はどういう理由で皆殺しをしたのか知らないが、私が生き残っていると知れば身を隠すかもしれない。逆にあちらから近付いてくる可能性もあるだろう。いずれにせよ許せない。
必ず殺すと決めていた。
「そんな中信長公の計らいで私は特別に戦への参陣を免除され、刺客として身を潜めながら情報収集を行なっていた」
沢山殺した。人を欺き金目の物を独占する者、女子供を連れ去り売ろうとする者。それでも私の探す仇の手掛かりひとつ見つからない日々が続いた。
青琉は下を向く。雨水を吸って固くなってきた土に反射して、自分の顔が映る。
「…そしてあの日私は、真実を知ったのだ」
『青琉、お話したい事があります』
独眼竜と対峙する前、私がまだ刺客だった頃。呼び止めてきたのは光秀だった。
『何だ、手短に話せ』
『全く…、つれないですね。折角いい話をしようと思ったのですが、』
『いい話だと?』
癪に障った。奴の言ういい話など何の期待がある?こちらは少しでも多く暗殺に出向いて、めぼしい情報はないか探らなければならないのに、またこの男の些末な自己満足に巻き込まれなければならないのか。考えただけで胸糞悪い。そう思い口を引き結んだ青琉だが、毎度の事で気にもしていないのか光秀は小さく笑った。
『えぇ。今だからやっと公言出来る、とでも言っておきましょうか』
匂わすような物言いは何時もの事だが、今回、より癖が強く感じたのは気のせいではないだろう。貴重な時間と思考を戯れのごとく奪っていく奴に、いつもより増して腹が立ってくる。
『光秀、お前何が言いたい』
元々細くしていた目は、すっと眉間に寄った眉と下瞼に寄った皺でさらに厳しくなる。
言いたい事があるなら早急に話せ。
『私をあまり―――怒らせるな』
それは静かな動作だったが、じっと相手の出方をうかがうように動かない目は余談を許さない。城内の薄暗い廊下で、二人を照らす蝋燭の火が揺らめいた。
『…そう、カリカリしないで下さいよ』
漸く口を開いた光秀。目を伏せ、隠れたように見えた悦な表情は口元で嘲笑を象る。
青琉がぴくりと片目を震わせたのは、苛立ち以外の何者でもない。
『ただこれを聞いて、あなたが今までのように冷静さを保ってられるのかが―――私は心配なのですよ。青琉』
光秀はちらっと周りを一瞥して人気がないことを確認するかのような行動を取る。その様子がますます勘に触る。
一体なんだというのだ。
そこまで勿体ぶるならば早く言え。お前の狂言にこれ以上付き合うほど私は暇ではない。
『…手短にと言ったのが聞こえなかったか』
三度目はお前とてただでは済まさぬぞ。その意味も込めて言葉になる限り低い声で返すと、
『クックッ…あぁそうですね。これでは怒らせてしまう』
肩を上下して嗤われる。ゆらり上がったその顔に、一撃食らわそうかと刀を抜きかけた時。
『実はですね、』
一瞬で距離を詰めてきて、囁かれた言葉に止まる。
『―――あなたの姉君は生きているのですよ』
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