22

ヒュウと、場に不釣合な口笛が重い重い空気を破った。再び伊達の兵達に走った緊張感は緩み、我に返って政宗を見る。
彼は喉を鳴らし笑った。



「お前がか?オレに何度も助けられたお前が」

「…戯言を」

「どんな秘策を持ってrevengeしにきたか見ものだな」


≪ガンッ!≫

打ち合いは即座だった。寸時で先に動いた青琉の刃を政宗は受け止めていた。弾けるように離れては、すぐまた金属音を鳴らし、刃を押して押し返してを繰り返す。だが相手から目が逸れる事はない。



「…やってみろよ。―――出来るものならな」

「言われずともそうするつもりだ」



ぎゅるんと刀を擦り離して火花が煌めいた後、ひと際激しく刀をぶつけ合って。一瞬の均衡は政宗が押し切り、青琉は体勢を崩すとすぐまた地を蹴り上げる。ブンと風を斬るような刃鳴り、そして大きく鋭い一合の音とともに爆風が沸き起こった。



◇―◇―◇―◇



「急報だ旦那!」

「うぬ、何事か佐助」



その頃甲斐・武田では偵察から帰った佐助が、政宗と青琉の衝突を幸村に報せていた。



「―――やはり」



動いたか。と。座敷の一番奥にどんと胡座を掻き、身構えていた信玄が言った。目を細め、立ち上がる。信玄の前には報せを報じた佐助と幸村が控えていた。



「佐助、お主は竜の右目を追え。奥州の様子も探っておけ」

「御意」

「お館様」



信玄の目線が横に移る。幸村が真っ直ぐな、しかし何か葛藤しているような目でじっと見つめてきていた。黙ってそれを見つめ返すのは、一つ二つ数え終えるか終えないかの間。そして目を閉じる。



「行きたいのだな」

「…」



沈黙は答えを表しているも同然だった。信玄の目が閉じられていても、変わらない眼差しが譲らないと主張している。



「……」



信玄の目はまだ開かない。

武田としてはあまり事を荒立てず様子を見ようと思っていた。しかしその矢先で早くも情報は錯綜しているようで、屋敷内でも「織田と独眼竜がぶつかった」と兵達が騒いでいるらしい。
そして幸村が物申す理由も大凡察しが付く。想像の範疇にあった信玄は冷静に捉えていたが、好敵手である独眼竜に先を越されて無意識に焦りを感じているのだろう。
織田との沈黙を他国が守っていた中、独眼竜が衝突した―――これは【伊達は織田に与しない】と各国に知らしめ、そしてあの魔王に向けて敵意を明確にしたという事でもある。伊達の行動は目を引くものだが、もしやあの独眼竜ならばこのまま織田を倒し天下に一歩躍り出る可能性もと幸村は考えているのだろう。

信玄は己の好敵手である上杉謙信とのこれまでの戦いを思い返しながら、目をゆっくりと開く。幸村はまだ同じ眼差しを送り続けていた。彼から目を離すと、障子の向こうの空を眺める。そこには穏やかな景色、そして青い空が広がっていて。
―――まだ甲斐の空は青いのだ。



「…」



(あの頃は儂も若かったのう)

「お館、様?」



あの青い空が灰色に染まらないように。織田の余波が甲斐に陰をもたらす前に。そろそろ儂等も動かねばならぬか。

そう思惑を巡らせていた信玄は、困ったような声につられて視線を戻した。
そうだった。弟子はもう命じられる前に生意気にも己の行動を願い出るようになったのだ。伊達政宗という男に闘争心を燃やし、己を高める為、自ら考えるようになってきている。成長の時を迎えている。

信玄は幸村を見下ろし言葉には出さなかったが、漸く唸るように「うむ」と首を縦に振った。



「…良い」

「…!」



長く、どきどきしながら返事を待っていた幸村は解放されたようにぱぁっと表情を明るくした。しかし「なれど」と釘を刺す。



「手を出してはならん。あくまで青琉とやらの…織田の隠し玉の探り。武田が伊達に手を貸した、と取られるような行動はするでない」



(まだ、な)



という信玄の心までは幸村が知る由もなく。目を微かに細めたのは佐助だけが知ることだ。
幸村はというと大きな目で信玄を見たままじっとしている。まるで飼い主の言葉を聞きながら今か今かと待つ犬のようで、それを見た佐助から苦笑が零れた。



「良いか幸村。そなたの役は大きい、心してかかれ」

「ははっ」

「頑張ってよ〜旦那」



信玄からの締めの言葉に元気よく返した幸村を、ニヤリと笑った佐助が軽く応援するという武田では見慣れた光景もすぐ終わり、佐助は消えた。幸村も信玄に小さく頭を下げ、立ち上がると早足で支度に向かう。



(好いた女か)



そして一人残された信玄は考えていた。独眼竜が気にかける敵方の女。
もしそれが本当なら、独眼竜が本当に織田の配下の女子を好いているというなら、事態はただの織田討伐ではなくなる。伊達にとっても、そして他国にとってもだ。
女が織田の配下である事以外、はっきりとした情報がない故決めつけは出来ない。が、織田包囲網と相まって重要なものになることは間違いない。伊達にとっては相当の覚悟が必要なものになる反面、よもやそれに右目が気付いていない筈がない。

尾張の方角を見上げて、信玄は低く呟いた。



「さて…どう出る」



独眼竜



◇―◇―◇―◇



「Haッ!!」



一合、刀がぶつかってまた離れる。何度交えたかは既に覚えていない。刀身が光り、火花が煌めくやり取りは目にもつかぬ速さで続き、衝撃波が木々を揺らしていた。ガンッと交わって、キリキリと押し合い、睨み合う目はどちらも譲らない。

≪キンッッ!≫

離した刃。お互い間合いを取り、柄を握り直した。



「…」



(コイツ)



前より強くなっている?

戦いの中で政宗には違和感があった。青琉の剣術なら前に戦った中で大凡把握してある。咄嗟のことにも反応し、太刀筋も良く単純に強い。
だが以前は何処か未完成で、力が生かしきれていないような気がしていた。それはコイツが抱える迷いからだと思っていた。
コイツを縛り付けている何か―――それに織田という肩書きが関わっているからだと思っていた。
なのに今はどうだ?
まるで別人。これが本来の力なら他国の奴らにとっても危険と見なされるだろう。
だからこそ分からなかった。
これだけのpowerを持ってたのに、今まで発揮できていなかったのがなぜ今になってこうも変わった?



(―――青琉の迷いを消したのは、何だ?)



『此処は任せましたよ、青琉』



瞬きを忘れる。突然頭を駆け巡ったのは少し前のあの笑みだった。青琉を見るあの目。



「……」



政宗は眉を寄せて下を向く。刀を持つ腕がだらんと下りた。それを青琉は見逃さない。大きく踏み込んで一気に距離を詰めてくる。



「お前、」



刀を振り上げた刹那、動かない政宗は目の前でそう発する。



「―――明智に何を吹き込まれた」

「―――ッ」



見えた独眼。凍る一瞬。
瞠目してほんの僅かに動きが鈍った青琉の一撃は、届く前に政宗が弾き返した。

受身を取って着地する青琉。反動で両足は地面を擦って後退し、どんと木を背に止まった。
政宗は六爪を抜いて一歩ずつ近付いていく。



「答えろ」

「…」

「アンタを変えたのは明智か?」



奴の目、態度。いつも何か含んでいるような気はしていた。
青琉が奴といるのも織田であれば何ら不思議ではない。だが今回は違う。奴は青琉を使って何か企んでいる。それ以外、



(考えられねぇだろ―――)



青琉は顔を下げたまま動かない。ただ背にある木に爪を立てて、沈黙を守って。



「―――…違う」



静かに、強くそう言った。政宗は足を止める。



「奴に吹き込まれたわけでも、変わったわけでもない」



立てた爪が木に食い込む。がりっと剥けるほどに強く立てられていた。



「私はずっと、こうあらねばならなかった」



躊躇う暇など、対話する暇などなかったのだ。速やかに事を済ませ、確固たる強さを得て。私の全てを変えた者に、



「復讐する為に」

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