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軍にどよめきが走る。ただ目を白黒させる者もいれば、どういうことだと周りに漏らす者もあり、小十郎は素早く確認した。



「―――く、」



しかしその中でただ一人腹を抱えて笑いを堪える者がいた。小十郎は青琉に戻していた視線を彼にやる。「ひ、筆頭?」と兵が呼びかけるのは―――そう、政宗だ。



「hum…悪い冗談だ。言って良い事と悪い事があるぜ、青琉?」



青琉の表情はぴくりとも動かない。刺すように睨み、じっと見下ろしてくるその―――静かでありながら何時攻撃してきてもおかしくない鬼気迫る雰囲気と、誰も寄せ付けないどす黒い気配に兵達は息を飲んでいた。重々しく、その場にいる者を飲み込むような空気は、光秀とは違う圧倒的な殺意で。



(…何があった、青琉)



そう思わざるを得ない。

青琉の目が僅かに細くなった。



「信じられぬか。ならばこれを見ろ」



そう言い感情を宿さない、まるで死んだ目で引きずり出してきたのは



「筆、頭…」

「!!」




奥州で番をさせていた部下。全身傷を負い、額から血を流していた。政宗と小十郎は目を見張り、口を引き結ぶ。―――そして小十郎の表情は厳しさを増す。
兵達が彼の名前を呼び、喧騒は頂点に向かう。



「すいません…城が…」

「…黙れ」

「でも…ま、だ「言うんじゃねぇ!!」



話し始めた兵をはっとした政宗が遮った。

≪ドスッッ≫

しかし遅かった。兵の首元を掴んだまま、青琉は背中から突き刺したのだ。
刀は胸を貫通し、一瞬の硬直の後、だらんと力をなくす。空気が凍った。



「テメェッ!!」



しかしその怒声が一瞬にして動かなかった軍全体を現実に引き戻す。小十郎が斬りかかる勢いで馬を走らせようとするも、目をかっと開いて彼女を見上げたまま、口を固く結んでいた政宗が腕で制した。



「政宗様…ッ」



流石の主の命とあってそれ以上進まなかったが、政宗は察していた。普段戦で此処まで怒り飛び出す事など滅多にしない小十郎である。そんな彼に【落ち着け】という意味を込めて見遣ると、眉間を震わせ口を閉じ後ろに下がった。目は固く瞑られている。



(目が据わってやがる)



何食わぬ顔で刀を引き抜き、青琉は兵を崖下に振り捨てた。ドサッという音と同時に後ろから聞こえた兵の小さな悲鳴を政宗は聞き逃さない。



(限界か)



―――ぐっと目を強く瞑る一瞬。



「小十郎」



一瞥がてら合図を送る。すると小十郎は瞠目し、次第に厳しい顔になった。一瞬溜めるように目を閉じる。しかし直ぐ様小十郎は後ろを振り向いた。



「オメェら俺の後に続け!!」

「引き返すのですか?クク、させませんよ」

「It‘s my lines」



バリッ、という強い光が、自馬の手綱を掴もうとした光秀の視界を奪った。
たった一瞬。しかし色が戻った時には刀を一本、振り抜き迫った政宗が宙にいる。
―――まるで時が止まる。

≪ガキンッ!≫

しかしそこに現れたのは、火花を散らし二人の間に割って入る刀。



「青琉―――」

「フフ…」



無表情のまま答えない彼女がいた。まるで予想通りとでも言いたげに、光秀は笑って見せる。



「此処は任せましたよ、青琉」



手綱を手にし馬に跨ると崖を飛び降りる光秀。政宗は崖の縁に着地して、追おうとするも彼女の刀と噛み合う。弾ける火花の先には必ず青琉がいて、狭い崖という場所で器用に立ち回り、何度も刀をぶつけてきた。そうしているうちに光秀を自由にし小十郎達を追わせてしまう。
その光景を見て瞬間的に眉を顰めた政宗は再び刃を受け止めた。ギリギリと交わった刀が擦れて均衡を保つ中、政宗は青琉へ視線を戻す。影の差す目はじっと政宗を見るも、刀を押し込んでくる力は強い。



「…脇目か。その油断が死と知れ」

「ならやってみな」



刹那、互いに弾かれたように距離を取った。ただし足場は既に崖にはない。押し合っている間に崖の縁に沿って移動していた政宗は、同時に青琉を狭い崖に誘導していたのだ。それを知っていた政宗は難なく崖下の自軍側に着地した。青琉は受身を取るように背中を丸めていたが、ちらりと下を見て足場がない事に宙で気付く。伊達の兵の誰もが「や、やった!」と見上げていた。しかし、



「…」



特に焦る様子もなく、ぐるんと一回転して体制を整える。腰を落とし片膝立てて着地した。直ぐには殺しきれなかった反動で、ざざざっと地面と足が擦れながら後退するもやがて止まる。



(な、何だあいつ…!?)



兵達が「やべぇ…」と小声を漏らす。青琉が顔を上げただけで「ひぃ!」と情けない声を上げて、腰を抜かす者もいた。



「お前ら!ちょっと離れてな」



察した政宗がそう呼びかけると、直ぐ食いついて「筆頭!やっちゃって下さい!」と言う者もいれば、悔しそうに「仇をお願いします…!」と言う者もいる。少なくとも呑まれそうな空気は政宗のいつもの声色で払拭されていた。
全ての声を聞いてから軽く目を閉じ、



「…」



政宗は青琉に向き直る。丁度青琉も立ち上がり目が合った。



「随分と“兵”らしくなったじゃねぇか、青琉」



ふっ、と笑った政宗。青琉は何も言わず固く口を閉ざして、凍てつくような目を変わらず返している。



「but、こいつは見過ごせねぇな」



不意に笑みを消した政宗は死んだ仲間の姿を一瞥した。
しかし青琉は陰る殺意で睨み付けたまま、政宗の指した先を見もしない。



「…今更何を言う。元々」



これが私だ。

そう言って刀を構え直した。



「…」



『馴れ馴れしく名を呼ぶな!!』

『私等、…置いていけばいいだろう―――』




唐突に思い出して、



「…あぁ、」



意図せずそんな言葉を漏らす。



「アンタは織田だったな」



そこには感情の入る隙間はなかった。無表情に青琉を見つめ返す。過去に見た人間らしい青琉ではなく、



「…」



兵としての機能を完璧に近付け、代償に心を失った―――人の形をしただけの絡繰(からくり)のような青琉を。
―――風が吹く。靡く二人の髪がすとんともとの場所に戻ると、青琉は「私は」と口を開いた。



「あの時とは違う。貴様を殺す―――伊達政宗」

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