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「!!」



突然、空を仰ぐ政宗。変わらず馬に揺られながらも動きを止めている。



「如何なされました?」

「いや…」



何かに見られていた、そんな気がしていた。だが空は相変わらず曇ってこの先も続くのみだ。何もない。
ただ、武田を離れて暫く経つ。その間に森の中は道も狭くなり、ただでさえ鬱蒼としていて視界が悪い。杞憂にしろ、



(fuzzy…イヤな予感がする)



政宗は前を向く。



「小十郎」

「はっ」



道が入り組み、先を知るのに寸時の遅れがある。その中で小十郎も気付いていた。時折見かけていた鹿や鳥、動物の姿がない。生き物の気配がない。いくらひと雨降りそうな空模様とはいえ、



「queer…静かすぎるとは思わねぇか。
―――!」


≪バンッ!≫

轟く銃声。横を向いた政宗の目に映るのは刹那に迫る一つの弾丸。
その時、政宗の前に小十郎が出る。伊達軍皆が気付いた時には、弾丸は木に当たり小十郎が刀を抜いて止まっていた。



「小十郎!」



馬を引いて政宗が叫ぶ。「片倉様!」「えっえっ、何だ!?」と異変に気付いた兵達の挙動は波のように後ろまで直ぐ伝わり、足を急遽止めた。



「大事ありませぬか政宗様」

「ああ」



二人は即見上げた。進路は銃弾の飛んできた横道、別れて開けていた道の先の崖の上に向いている。
答えは直ぐそこにあった。



「―――お久しぶりですね、独眼竜」



低く、耳障りな声はよく覚えている。



「テメェは…」



コイツを初めて見た時は今でも覚えている。



「明智光秀―――」



織田で、魔王に引けを取らない位胸糞悪い野郎。桶狭間で織田と対峙したあの時、魔王の嫁と小せぇガキの存在よりもコイツの異様な雰囲気に眉を寄せた記憶がある。何を考えてるのか知らねぇが、愉しそうに嗤う顔はただひたすらに癪に触った。コイツほど織田についているのに釈然とする奴はいない。

手は既に刀の鞘を押さえ、柄を握っていた。明智とその横に数人、鉄砲を構える兵がいる。あの得物は厄介だ。



(どうする)



棚引く長い白髪が不気味さを際立たせた。



「待ち侘びていましたよ。まだか、まだかと…」

「こっちこそ退屈すぎて寝ちまいそうだったぜ」



笑みひとつ浮かべず返す政宗に「くくっ」と笑って、光秀はぼんやり思い出すようにくたりと首を寝かせて見せる。


「では目覚めの気分はいかがでしたでしょうか。貴方がお望みであるならば、」



カチャリと銃が向く。小十郎は深い皺を顔に刻み、構えた。



「今此処で、今度はひと雨降らせて差し上げましょう」



舌なめずりをする光秀。睨む政宗の目は一瞬びくりと大きく顰められて、「政宗様」と小十郎が声をかけた。
それで噴き上がりかけた熱はすっと引く。政宗は小十郎を一瞥して、再び光秀と向き合う。



「テメェとじゃれ合うつもりはねえ」



カチャリと鍔を押し上げた。



「Good Timingだ。アンタの首、魔王のオッサンへの餞にしてやろうじゃねえか」



様子を伺う蛇のように微動だにせず、目だけに敵意を宿して。まさに一触即発の空気が流れようとした時だ。



「……フ、」



俯いて肩を揺らして笑い始める光秀が先にいた。政宗の目は睨み付けたまま動かない。
「フフッ、…クッッ」と一人で盛り上がっている光秀から感じるのは最早狂気と言えるもので、一瞬の油断が後手になる―――そんな危機感を辺りに知らしめていく。
ひとしきり笑って落ち着いた光秀が上げた顔は、嘲笑を象る。



「それでこそ独眼竜。しかし残念ながら私のもてなしはここまでです。あなたの相手は、」

「…ah?」



―――ざわめいた心をどうにかする前に、ザッと別の足音がやってくる。



「米沢城は織田が占領した」



大きく響く。
上から聞こえた足音の主が誰か、言うまでもない。訝しさを感じる前に聞き覚えのある声に目を見張った。
それは伊達軍の先頭の政宗に向かって、次第に近付く人影。光秀の横に立った鉄紺の髪と枯茶色の目の女。
目をすっと細めて、見下ろしてくる無表情を見返す。昏く、燻る敵意を宿した彼女を見つめる。



「貴様の負けだ、独眼竜」

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