19

蹄の音と舞い上がる砂煙。次々と場所を変えて、移り変わる地響きは止まる事を知らない。尾張の城をひたすらに目指して伊達軍は突き進んでいた。



「小十郎」

「はい」



唐突に、暫くぶりに飛んでくる声にも一切の遅れなく答えて横目を遣る。



「妙だとは思わねぇか」



じっと真顔で考える政宗を珍しく感じつつ、言わんとしている事を小十郎は察していた。



「武田の言っていた事ですか」

「あぁ」



『先だって信濃の北、越後近くにて織田の将を佐助が目撃致した』

『鉄紺の髪に枯茶色の瞳の女だ。一人森深くの湖畔で水浴びをしていた。それからどこに向かったのかは分からないが、他に仲間の気配もなくてね』




あの武田の忍が言っていた事。最初は疑ったが、前田の風来坊が出てきた時点で嘘ではないのだろうと思った。アイツは嘘で人を釣るタイプではない。だが合点がいかないことに変わりはなく、様々な理由を当てはめては違うと政宗は眉を顰めていたのだ。



(もしそれが本当なら、青琉は織田に戻らず単独行動か?それとも)



「織田の命でしょうか」



あり得るのはその二つ。小十郎の読みもまた然りだろう。だが何か腑に落ちない。
アイツの心の内、アイツが望んでいたもの。



「―――いや、」



それはおそらく



「revenge、か」



自然と出た言葉。すとんと胸に落ちる。
ああこれか。
政宗の目蓋が下りた。



『私に、構うな………っっ、』



そうだった。ああそうだ。
青琉の追い詰められようを一度知ってしまったからには織田に戻ったにしろ戻っていないにしろ、



(アイツの目的はオレだ)

「…」



小十郎は政宗の沈黙を横目で眺めている。ふと目を閉じて言った。



「此方にやってくると?」

「かもな」



オレを仕留められなかった事、アイツの中で大きいだろう。ただ。
政宗は少し俯く。



(オレをやらずにいなくなったのは、どうしてか)



…分からないがな。

一瞬で考えを巡らせて、顔を上げる。



「but、戻らねぇぜ。城攻めだとしても一人で攻め落とせるもんじゃねぇ。かと言って軍を率いてきたんならオレ達でも掴めた情報のはずだ。
武田の忍の話は満更嘘じゃねぇだろうが」

「…ですが油断は禁物。織田の…なにせ今の今まで存在を他国に知られていなかった者です」

「そう焦るな」



仮にオレ達の前に立ちはだかっても、



「アイツにオレは倒せねぇ」



アイツは―――強い。だが、



「…」



このオレが相手だという事が運の尽きだ。
それに城の事も何かあれば伝令が来る。問題ねぇ。



『私は…ッ、』



敵に助けられる等、あってはならないんだ…




「…政宗様?」



じっと前を見据え動かない主。その表情は兜に隠れ、少し俯いて、おそらく何か思い出していると察するのは容易かった。それはきっと織田の武将・青琉。最近の政宗様は黙り込む原因にあの女の存在がある。
己にとっては素性のしれない敵。真田のような好敵手とも違う肩入れの仕方に政宗様は気付いておられるのかおられないのか。いずれにせよ政宗様を巻き込んだことには変わりなく、側に控える身としてはっきりさせなければならない。…たとえ手当があの女の手によるものだとしても、だ。



「―――アイツに、戦は向いてねぇ。ただでさえ今いる場所は…severeだ」

「…」



己の目が黒いうちはしかと見極めなければならない。足元を掬われぬように、



「だから連れて帰る、奥州にな。いいだろ小十郎?」



―――今度こそあなた様をお守りできるように。

それは政宗も気づかないくらいの僅かな沈黙。



「…全く、あなたという人は」



そう言って小十郎は小さく苦笑した。



◇―◇―◇―◇



「ふふ…」



銀糸のような髪が揺れる。風に吹かれる長髪が男の顔を隠し、弧を描く唇だけが露になっていた。その手には大きな鎌。目は遠く、崖下広がる緑の中から一軍を捉えている。
青を基調とした軍旗、竹に雀の家紋。



「さて、」



くくっ、と無意識に声が漏れた。



「―――宴が」



始まりますね。そう言って上がった顔が悦んで歪む。風向きが変わり、靡き方が変わって見えた顔は白く狂気を孕んで、動く眼下の軍勢を目で追い逃さない。細い目がさらに細まり、満足がいくまで口角を上げると馬の腹を蹴り、踵を返した。

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