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「テメェは前田慶次…」

「よっ、竜の右目!元気だったかい?」



ピッ、と手の平を見せてニコニコ挨拶をしながら慶次は政宗に向き直る。



「率直に言わせてもらうよ。独眼竜、今一度織田包囲網考えてもらえねぇかい?」

「…」



なんとまぁこの場には不釣り合いな歌舞伎者が出てきたものだと、政宗は眉間に皺を寄せた。

あの時と同じ。数ヶ月前、今に比べればまだ織田が大人しかった時慶次は伊達を訪れた。妹を近江の浅井に嫁がせ、加賀の前田を傘下に治めた後、なりを潜めていた信長を警戒してだ。政宗は断固拒否で、織田包囲網を蹴った。後に信長本人を桶狭間、狙っていた今川義元の首を取る戦で目の当たりにする。途中から戦に介入してきた織田はただ今川本人に向け軍を前進させ、あっという間に今川を討った。今川の首をかけ武田と競っていた政宗が幸村と同時にたどり着いた時がまさに終わった瞬間だった。織田信長を取り巻く三人の男女、何より無言で崖から見下ろす魔王織田信長―――刀にかけていた手は動くことなく幸村と共にただ見上げることしか出来なかった。

それから本格的に魔王討伐に動き出した。対する織田が差し向けてきたのが、新たな精鋭―――青琉だった。



「既に上杉、武田の了承は得てる。そこに伊達が加わってくれりゃあ心強いってもんだ!」

「断る」

「…って、え!?何で!」



相変わらずの元気な推しの強さだが、政宗はどうもこの男の明るさが気に食わないでいた。というのもこの男の身の上を考えたら【のった】とは言えないのもあるし、何より伊達の流儀に合わない。
となれば返す答えは勿論NOである。

そして小十郎は分かっていた、主が次にいう言葉が。



「伊達は何処の指図も受けねェ」



刹那馬の腹を蹴り、向かい合っていた幸村一行から逸れるようにして走り出す政宗。続いて兵も動き出し幸村達とすれ違っていく。



「ちょ、待―――」



しかし諦めきれない慶次は咄嗟に走って政宗の前に立ちはだかる。「風来坊!?」「前田殿!?」と危険を知らせる佐助と幸村の声は届いたがそれで止まる程慶次の心にゆとりはなかった。遠かった距離だがあっという間に縮まり、慶次は【ぶつかる】と思って片腕で顔を覆った。しかし衝撃はない。聴覚を蹄の音が忙しなく占領し、地響きに揺れるがそれだけである。慶次を避けるように横切っていく大群はあっという間に居なくなった。



「あーあ、またふられちまった」

「…」



(まぁ、…分からなくはないけどね)



大事もなく一先ず嵐の過ぎ去った事に安堵し、木陰で見守っていた佐助が肩をすくめる。慶次が登場した事で会話が移り、喋る用もなくなった佐助は政宗と慶次の観察をするがてら木下に移動していたのである。



(んで、予想通りのおじゃんか…)



はぁ、と溜息を零す佐助と同じく幸村も溜息を零す。幸村の場合、余程戦えなかった事が悲しかったのだろう。



「で、どうする風来坊。独眼竜はこのまま尾張に突っ込む気満々だぜ」

「それじゃあ足りねぇんだ。伊達がいるといないとじゃ、」

「焦るでない」



眉間に寄せていた皺を緩め慶次が振り返り、幸村は飛び付くように振り向いた。



「お館様あああああああッ!!!」

「お館様」

「甲斐の虎!ってももう時間がねぇんだ」



慶次を一瞥し、武田信玄は伊達軍が去った先を見つめて。うむ、とどすのきいた相槌をする。



「分かっておる。なれどそれは伊達とて同じであろう。…織田の女武将の事は伝えたのだな?」

「はい」

「ならば良い」



目だけで佐助を一瞥し続ける。



「その女に独眼竜が好意を持っていると聞いておる」

「竜の旦那もまたすごいのを好きになっちゃったんだね〜」



半分呆れたように佐助は零した。自分も上杉に、【敵だけど、放っておけない】奴はいるが。同郷だから性格も、ある程度把握しているつもりだ。

しかし独眼竜の相手というのは、あの織田で…しかも今まで名を聞いた事もないような所謂身元不明の輩だ。
ちょっと先刻偵察しに行ったけど…何考えてるか分からないような、でも恐ろしいほど無表情で的確に武器飛ばしてくるような女だったぜ。

俺様はごめんだわ。



「こ、好意…あの独眼竜がでございますか?」

「あの男も誠の“男”になったか」



しかし俺様がこんな事考えてるなんて知らないだろう旦那とお館様はのんびり独眼竜の想像してるし…。



「なんと…独眼竜は今まで女子だったのでございますかッ!?」

「「ちっがーう!!」」



そして旦那の想像はあらぬ方向へ行ってるし…お館様黙ってみてないでお願い助け舟下さいって。



「旦那…そういう意味じゃないから…」

「幸村ってホント色恋話に疎いのな…」



いやもう色恋とかいう話じゃなく、うん。どうすればいいの、俺様旦那が心配なってきた。いや、旦那にはまだ色恋より戦一筋でいいよ。それが一番だ。

佐助が幸村をオカン的眼差しで見ている一方、慶次も苦笑が隠せない。

幸村なら有り得る話だ。それでも戦になれば、誰もが目を引くほどの活躍をするのだが。



「分か…らぬ…。
ハッ!その女子は織田ではありませぬか!敵を好く事があるのでございますかお館様!?」

「ないとは限らぬであろう」



信玄は至ってそんな幸村にも真顔で。流石大将とでも言うべきか。佐助慶次両名は呆気にとられて見ていた。



「女を放って置くとは思えぬ。あの男なりに何か考えておる筈よ」

「!甲斐の虎、あんたを見直したよ。ちゃんと恋心分かってたんじゃないか!」



良かったとばかりに慶次が食らいついた。



「儂とて子の親。
主より遥かに知っておるつもりよ」

「うっ…」

「流石お館様!!この幸村…己の未熟さを噛み締めると共に、今後一層精進致しますれば!!」

「よくぞ言った幸村あああああああああ!!」

「お館様ああああああああ!!」


「あ、これは…」

「ゆきぃむぅらああああああああ!!!」

「おやかたさぶあああああああ!!!」


「あかん…」



佐助が呟いた頃には殴り合いが始まっていた。慶次も顔を引き攣らせ、被害を被らないように少しずつ離れる。



「よくぞ独眼竜を前に戦わず耐えた!!」

「勿体無きお言葉、有難き幸
「よくやった幸村あああ!!!」



言い終わらないうちに幸村の頬を鉄鎚の拳が吹っ飛ばす。当然その姿はもう無い。



「あー、また飛んでった旦那…」

「あはは…」

「風来坊」

「!!」



驚いて信玄を見る。



「このまま順調に尾張に行けるとは思えぬ。必ず伊達は織田からの何かとぶつかるだろう。その時奴から接触してくる事も有り得る。時を待つも手よ」

「確かにね…よし!それじゃあ俺は、先に毛利と長曾我部のとこに行ってくるとするか!」



腰を上げた慶次。目指すは安芸と四国。その空を見つめ笑った。

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