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「……―――」
互いに足を止め、その目を相手に向けていた。上から照らす蝋燭が強く揺らめいて、鈍い音を出しながら消える寸前で何度も持ちこたえている。
「どうしたのです?納得のいかないような顔をして、」
「何故知っていた」
伊達政宗が私に興味を持っていると。
そう言って青琉は光秀の目をじっと睨む。
ずっと違和感を感じていた。そも奴に、伊達の様子など報せた覚えはない。伊達の事は信長公に報せていたが、その信長公にも伊達政宗が私に興味を持っているとは報せていなかった。
そのようなもの、いらぬ報せだろう。
なのに奴はまるで知っているかのように語り、結果的に私を助けた。
意味が分からない。
そんな青琉の態度に光秀は首を傾けた。
「可笑しな事を聞きますね。あなたが私に言ったではありませんか」
「私が…だと。―――っ!」
疑念が最後まで行き着くより前に、突然走る痛みに一瞬顔が歪む。
(何だ、突然頭が…)
「今回の出陣の前、それを聞いていなかったらいくら私でも、信長公を止める事、不可能だったでしょう。…あなたは呆気なく殺され、軍の主たる者も私と帰蝶、蘭丸だけになってしまいます。実に悲しい事です」
「…だから私を助けた、と?」
ずきんと始まった頭の痛みは既に引いて、いつもの様に勘ぐる思考が働きつつあった。
ああ、足元を掬われぬようにと言われた記憶はある。私の失態を揶揄して、伊達の手のひらで踊らされているとでも言いたいのか。
腹が立つのを抑えて冷静に、冷静に考えた。
そんなことよりもだ。
「あなたもこんな死に方望んではいなかったでしょう?」
奴が他人のために動いただと?
「…」
「私も望んではいません」
その言葉にますます青琉の顔が険しくなる。明智光秀という男の本質を知っていれば、痛みと殺しへの快楽を糧にしていると知っていれば、信長公に異を唱えてまで私を助けた理由があるのだろうとは思っていた。
だからこそ警戒し、つけ入れられるような隙は、出し抜かれるような後手は見せていない筈だった。
それがこの結果だ。奴に貸しを作り、奴の口車に乗せられている。
青琉の目が怒りを抑えて揺れる。青琉のそんな様子も承知で光秀は喋り続ける。
「今あなたを欠くのも実に勿体ない。あなたはお強いですから。それに、」
光秀は青琉の隣に並んだ。
「あなたは【約束】を果たしていない」
「―――!」
ドクン、と心臓が跳ねる。
「…やはり独眼竜はあなたには癖が強いようだ。心に迷いを生み、考えを変えさせようとするのですから」
「…っ、」
言葉を失う。
背後にある顔は光秀の想像通り俯いていた。唇を噛み、歯を震わせる。
「忘れてはいけませんよ」
あなたが刃を振るう目的を。
と言ってから、光秀は小さく笑って付け加える。
「いえ、違いますね。あなたが此処で仕官する理由…でしたか」
「…」
「一族の誇りは、」
もうあなただけなのだから―――。
そう光秀は言葉を止めた。
ぎりっと拳を握りしめて、
「分かっている」
外套を翻し、すれ違う。一二歩進んだところで足を止め、振り返らずに告げた。
「伊達政宗は、私が討つ」
私の前に立ちはだかる奴を、私の心を乱す奴を討つ。
それができてこそ進むことができる。
それが今私にできる最良の償い。
「…そうでなくては、」
光秀がゆらり、振り向いた。口を三日月に歪めて、小さくなっていく青琉を目に映す。
「―――期待していますよ、」
青琉
◇―◇―◇―◇
「政宗様」
肘掛に肘を乗せ、頬杖をついていた政宗が目を遣る。
その頃の米沢城ではこれから軍議が行われようとしていた。政宗の傷はほとんど目立たないくらい回復し、今では何事もなかったかのように上座に座している。己を呼んだ小十郎が傍に控えるのを一瞥した後、政宗は眼下に集まっている兵達を見渡した。
「お前等を集めたのは他でもねぇ。織田の事だ」
皆の顔に緊張が走る。そんな彼らを一望し、静まったところで政宗は続けた。
「先だってオレは、前々から何度かやり合ってた奴に一泡吹かされた。青琉という女だ」
騒がしさは直ぐに戻った。
「女…?」「織田にいる女は濃姫って魔王の嫁さんだけじゃなかったのか…?」と、様々な声が沸く。
小十郎はブチッと眉間の血管を浮き上がらせた。
「静かにしねえか!」
「!!!」
びくっ!と一同揃って前を向く。前を向いて見上げると、そこには眉を吊ってひくひくとと揺らしている小十郎がいた。まさに鬼の形相で兵達の血の気が引く。
「政宗様の前だ」
「そう逸るな小十郎」
ひらひらと掌を遊ばせて見せて政宗が止めた。
全く、戻ってからずっとこうだ。織田のことになると、いつにも増してピリピリしやがる。
「relieve.オレも最近知った」
政宗の軽く笑みのある物言いに兵の士気は少し戻り、小十郎が息を吐く。
「で、だ」
政宗は真剣みを込めて、目を細めた。
「織田はオレ達を牽制し始めてやがる。それも、今まで出てこなかった腕が立つ奴を使ってだ」
小十郎は厳しい顔付きに戻る。
「まだ隠してる可能性もある。Troublesome…まどろっこしい事になる前に、」
立ち上がりぐるり見渡した政宗。緊張が残る空気は、はっと気づいた者から薄らいでいく。政宗の目を見て、ギラギラと自信のある眼光を見て気付いたのだ。
「目指すは尾張。―――魔王の首、取りに行くぜ!」
「うおおおお!!」
負ける気などさらさらない。いつもの筆頭―――自分達がついて行きたい筆頭が其処にいると。一気に士気は上がり、歓声が屋敷中に響き渡った。
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