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「……」
「……」
此処は、赤い光と暗闇が混在するとある場所。物といえば其処にある玉座、そして飾りのように囲う頭蓋があるのみの安土城―――第六天魔王・織田信長の間だった。
玉座に座る信長の前に、青琉は膝を付き畏まる。
「遅れての拝謁、申し訳ありません。青琉、只今戻りました」
「…」
「重ねて伊達政宗の首、討ち損じた次第にございます」
深く深く頭を下げた。隠しても無駄なこと。いや、隠すことなど許されない。
何度も相見え、その度に討ち損じた。今回は共死にの覚悟で爆薬を使ったのに、だ。谷を抜ける為、結果的に共闘までした。
それを織田が許す訳がない。
「どんな罰でも受ける覚悟にて、」
だから此処に戻った。失態に失態を重ねたケリは―――つけなければならない。
信長は頬杖をつき、ただ眼下の青琉を見下ろして声一つ発しなかった。ただその目はまるで品定めをするようにギラギラとしていて、他者の介入を一切許さないと暗に示している。
青琉は口を引き結んだ。
「…何故あの小童を、殺さず帰った」
どくんどくんと心の臓の音が体に響く。ようやく発せられた言葉が静かで、それでいて返答を要求するもので思考を巡らせた。
分かっている。奴を討てというのは、討つまで戻るなと同義。それも目の前にいて、行動を共にして取り逃がすなど弁明の余地もない。
青琉はさらに俯く。
「それは…「私が、」
「!!」
ご説明致しましょう。そう言って出てきたのは光秀だった。目を見開いて、後ろから並んだ奴を思わず見上げる。光秀は同じく膝を付いた。
「青琉が出陣する直前、私は提案したのです」
伊達政宗を嵌(は)めればいいと。
光秀がそう告げると、信長の目が細まり、一方の青琉の目は小さく揺れ細くなる。
「青琉はこれまでも何度か独眼竜に会っております。そして独眼竜は青琉に興味を持っている」
「…」
「故にその興味を利用し、気を許したように思い込ませるのです。そして伊達の情報を引き出した後、伊達を落とす」
その言葉にはっとした。
「此度はその報告の為の帰還…。興が醒めぬよう、後のご報告となりました事私からもお詫び申し上げます」
「我を差し置くか、光秀」
「いいえ…決してそのような事はございませぬ故、ご安心を…」
信長が黙り込む。どっ、どっと自分の心の臓がやけに騒いで息を飲んだ。
―――刹那、
「…フ、」
零れる息。
「―――フッ、ハッハッハッ!」
信長が笑う。間全体に響くそれは愉しげで、かといって頭を上げることは許されない異様さを放っていた。光秀と青琉は頭を垂れたまま動かない。
ひとしきり笑い終えた信長はふんぞり返り、口角を上げた。
「良い、許す。…貴様等の好きにせい青琉、光秀」
「!…はっ」
「有難き幸せ…」
◇―◇―◇―◇
「…」
何故こんな事に…。
―――報告が終わり青琉は一人城中を歩いていた。
ぽつぽつと先に掲げられている蝋燭が、ようやく足元を照らすような薄暗い廊下。人の気配もなく、己の存在だけが物音を鳴らす。
一体何がしたかったのか。
思わず“了承"の意を返した自分に嫌気がさす。
(結局私は、逃げただけ)
死ぬ覚悟なんて出来てなかった。助け舟を出され、乗ってしまった。
私は私のやった行いを言い訳する機会を得て
…嘘をついて。
自分の首を締めているだけ。
「……」
次に会った時、
『青琉』
どんな顔をすればいい―――…。
「―――…おや、」
―――ザッ、と擦れる草履の音。
「奇遇ですね」
「…」
近づくゆっくりとした歩み。闇の中で白く浮かび上がる長い髪と血色の悪い肌。
最悪だ。こんな時に限って奴は現れる。
―――明智、
「光秀―――…」
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