13

いつから。



『ほーら、またアツくなってるぜ?』



いつからだ。

何も変わった様子はなかった。
此処にいる時の奴は好き勝手私をおちょくり、笑って。
【痛い】…そんな負の感情は表情になかった。

しかしよく見たら、渡された羽織はしっかりと脇腹のあたりで破れている。
背中の家紋にしか目が行かなかった私は、気付けなかったのだ。



『―――…アンタ、どうしてそんな追い詰められてる』



野盗との戦い。しかし、あの場で鎧に亀裂を入れられるような輩はまずいない。

ならば奴はこれ程の出血を我慢しながら戦い、
私を此処まで―――運んだのか?




『これがオレとアンタの違いだ』



ならば奴は何処で傷を負った。鎧に亀裂を入れ、出血に至らせる原因は、
―――いつだ。



『何…!?』



「!!…」



一瞬でそこまで思考を巡らせ、思い当たった。
あの時、谷に落ちる直前。私が宙で火をつけた、毒針入りの―――爆薬。
目覚めて無傷だった、私。

私の下にいた―――独眼竜。

目を見開いたまま硬直する。そして、



「…―――、」



ぎゅっと寄せた眉ごと目を伏せた。



◇―◇―◇―◇



―――…ね様!



な、んだ…



―――…さむね様!




誰かが呼んでいる。聞き覚えのある声だった。ただしばらく聞いてねえ、そんな懐かしさを感じる。



「政宗様!!」

「!」




ばちっと目を開けた。はっきりと見えたのは天井、それも見覚えのある―――米沢城の寝所だった。



「小十郎…か?」

「はい」



腹心が噛み締めるように応えた。安堵の息だと分かる。



「どうなる事かと思いました」



…何が何やらよく分からない。なぜ小十郎が改まって、そんな思い詰めた顔をしている?



「あなた様が御目を覚まされない時にはこの小十郎、どう責任を取ればよいのか」

「!!」



がばっ、と起き上がった。やっと気づいた状況の違和感。
だがそれ以上を考えるより先に、脇腹がズキンと痛み顔を歪めた。



「まだ動いてはなりませぬ!」

「説明しろ…小十郎」



これは、



「オレはどうして米沢城(ここ)にいる?―――」



◇―◇―◇―◇



小十郎は全て話した。
政宗と別れた後、青琉なき織田小隊と戦い、壊滅する間近にひと足早く小十郎のみが吊り橋に向かっていたこと。しかし、あともう少しで政宗が見えるという時に爆発が起こり、見えた時には青い装束がうっすらと谷底へと消えていったところだったこと。
兵を城へ返し、小十郎は一人政宗を探していたこと。
月明かりだけでさらに深い谷底を捜索するのは厳しく、困り果てていた早朝。新たな爆発音とあがった狼煙は近く、馬を走らせ向かった先の洞穴に政宗がいたのだと。



「脇腹には既に処置が施されており、包帯も巻かれておりました」

「…」

「そしてあなた様は、御自身の羽織をかけておられた」



黙り考え込む政宗をじっと見つめて、小十郎が目を細む。



「今度は私からお聞きしてもよろしいですか」

「あぁ」

「何があったのです」



落ちてから、と。小十郎は止めた。返答は直ぐにはなく、沈黙が横たわる。



「…そうだな」



顔を上げる政宗。小十郎はそんな政宗に揺るがない目を向ける。



「実はな―――」



◇―◇―◇―◇



空は暮れごろを迎えていた。部屋に差す明かりも橙色に変わりゆく。



「―――そうでしたか」



互いに己の軍と合流する為、共に行動していた事。途中敵襲に遭い、敵の女が怪我をした事。見つけた洞穴で一晩休息するつもりだった事―――。

話し終わると、



「政宗様」


≪どんっ!≫

と畳に一発、落ちる拳。予感は当たった。
政宗は口を引き攣らせ、苦笑し小十郎を見る。



「何故あの織田の者と行動を共にしたのかお聞かせ願いたい」



刻まれた深い眉間の皺。低い、有無を言わせない声。
最早どちらが重臣か、飾る言葉がなければ分からない時が始まる。

政宗はすーっと目を横に逸らした。



「いや、それは…放っといても面倒だからな…。人手あった方がspeedyだろ」

「奴はあなた様の命を狙っていた輩なのですよ!!もしや…」



小十郎の拳が震えて殺気立つ。



「その傷…、あの女に!」

「落ち着け小十郎!」



今にも斬りかかるような勢いな腹心に、政宗は小さく息を吐いた。



「オレがあの女にやられると思うか?」

「では何故あのような傷を、」

「古傷だ」



運悪く開いちまったみてぇだな、と胡坐を掻いて言う。



「前の戦での傷がなかなか治らなくてな。自分で薬付けて包帯巻いていったんだよ。言ったらお前、止めただろ」

「…」

「それに、だ」



もしあいつが隙を見て、オレが寝静まってからやったんなら



「やった相手をどうして治す?」



矛盾してんだろと付け加える。
小十郎は眉間の皺一つ動かさない。



「…」

「六爪が盗まれたわけでもねぇし、問題ねぇ」

「ならば、あの女は何処へ?」



率直に飛んできた小十郎の言葉に、外を見た。



「分からねぇよ」



日が沈んでいく。空には鷺だろうか、群れをなして飛んでいく鳥がいた。



「だがまぁ、もとあった所に戻ったんだろ」



織田が近くにいたのかもしれねぇし、お前もあそこまで降りてこられたって事は、谷も大分抜けてたって事だ。織田に戻るのは容易いだろう。



「もっともオレを仕留め損ねたのは、奴らの大失態だろうがな」



小十郎が眉を寄せたまま黙り込む。すると外から、鳥の囀りが聞こえて来た。

そろそろ夜が来る。

―――暫くして小十郎は目を閉じた。



「何れにせよ今回の事は偶然の偶然。毎度このように運良くいくとは限りませぬ。
何時何処で何者かが見ていたかも分からぬ故、用心に越した事はございません」

「I see.今回のは内密に頼むぜ」

「承知」

「小十郎」



立ち上がり襖の角に消えかけた部下を止める。



「心配かけて悪かった。皆にもそう伝えといてくれ」

「…はい」



主に背を向けたまま小さく笑って、小十郎は角に消える。



「―――……」



縁側を進みながら、空はもう日が沈みかける最後の瞬間に差し掛かろうとしていた。
照らす明かりは仄かに、歩く小十郎の険しい顔に影を落とす。



『古傷だ』



はあ、と小さく息を吐いた。



(…全く―――)



昔からそうだ。あなた様は、己の手傷を誤魔化すのだけは達者でいらっしゃる。
変わらない強がりだが同時にそれが安堵でもあり、かといって己の至らない判断が招いた結果だということも忘れてはならない。

小十郎は口を引き結んで、強い眼光で前へ進んだ。



◇―◇―◇―◇



「…」



その頃。政宗は一人、布団の上で体を起こしたまま少し俯いて、じっと動かずにいた。
消えゆく夕日の最後の明かりが政宗に差し、照らし出されて開く左目。
光を宿したそれをすっと細めた。

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