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理解出来ない。
ふざけるな。
何考えてる。
浮かんだ疑問やら怒りは、普通自分が生きていると分かった人間が感じる感情とは別だろう。
私は自分が生きている事よりあの状況で、私が起こした伊達政宗討取失敗に泥を塗るように、奴に生かされた事が何よりも許せなかったのかもしれない。
さらには返ってきた言葉があまりに突拍子もなく、私を煽った。
「殺る理由がねぇ、これでいいか?」
「ふざけるな」
理由がない?何を言っている。私は織田軍だ。貴様の敵だ。貴様を殺して奥州を取りに来た、その証拠に崖に道連れにした。そんな人間に何を言っている。
またぎりっと歯に力が入る。
「私にはある…」
伊達政宗、貴様を倒さねばならない
「貴様の首は貰うッ!!」
耳元にあった刀を抜き迫った刹那。きいん!とぶつかり合う互いの得物。
ギリギリと擦れ合うが、
「…you are pity guy」
奴が眉を寄せた瞬間私には何が起こったのか分からない。
強い、痺れるような衝撃。実際当たった事はないが、雷でも当たり体中に電気が流れるような感覚といえばいいのだろうか。
弾かれた砂利の上で、痺れる体を何とか起こそうと力を腕に込めるも、うまく力が入らず痙攣を繰り返す。それでもなお私は奴を睨みつけた。
「ぐっ…」
「それより行くぜ、青琉」
悔しい。力の差も然ながらその飄々とした態度、決定的なのは今の言葉の中の単語だった。
刀を納め歩き出す政宗に青琉は声を荒らげた。
「ッ軽々しく…私の名を呼ぶな!私はまだ…終わっていない…!!」
「此処を出るのが先だろうが、you see?」
なりふり構わずだったが、対する奴は足を止め少し此方に体を向けるだけ。刀に手を置く素振りもなく、寧ろ腕を組んで余裕を見せている。
実に気に入らない。
私を殺る理由がないというあの言葉は、私を殺すにも値しない羽虫とでも思っているのだろうか。
だとしたら、
(吐き気がする)
「貴様と…馴れ合うつもり等ない。
次に名を呼んだ時は―――「どうするって?」
硬直していた。ふわりと、己の髪が少し舞い上がるくらいの感覚しかなかった、のに。
奴は私の前に戻っていた。数寸という近さの鋭い隻眼。今までになく真顔で、低い体勢を崩さず、喉元の手前―――真横に伸びた一刀はあと一寸押し込めば私の首に入り込むだろう。
「ッ!!」
反射的に退いていた。首から汗が垂れ心の臓が早くなる。
「っ…」
「これがオレとアンタの違いだ」
立ち上がり刀をしまうとまた腕を組んだ。
「分かったら大人しくしてな。危害を加えるつもりはねぇからな」
「……」
いい加減認めてしまえば、こうも腹立たしさを膨れ上がらせる事もないのだろう。
私は奴には―――。
「…ッ」
だが認めたくない。この男に、軽い言葉に踊らされている気しかしないのだから。
青琉は眉を寄せたまま動かない。そんな青琉に政宗は小さく笑い背を向けた。
「まぁ、アンタがオレに一太刀浴びせられたら」
止めてやってもいい。
と、言い残す。ぴくっと、青琉の指が動き目が細まった。
「先に行ってるぜ?」
闇に消えた背中。見届け憎々しげに青琉は顔を歪める。挑発だと分かっている。そして自分が冷静じゃないとも、
(分かっている―――)
急に渦巻いていた怒りは、静かに収まっていった。立ち上がると持っていた刀を見つめる。刃に映る自分の瞳、平生の無表情。彫られた織田の家紋。
「……」
目を伏せて。刀を納めると政宗に続いて歩き出した。
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