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『あの時の、奴か?』



その声は色濃く残っていた。ずっと、ずっと。



【あの時】から向こうがどうしてたかなんて何も知らない。
そんな私達が偶然の再会をしたその日から、自分でも分かるほど互いを気にするようになっていた。

すれ違う度に目が合って、しかし話しかけるわけじゃない。そんなことの繰り返し。
そうしているうちに春も終わって、夏が来る。



『青琉さん、お客さんよ』



そんな中、急だった。急に、あの男はやって来たんだ。
受付の者が稽古中の私を呼びに来て何かと思ったら。



『…よお』

『…』



一体全体どういうつもりだろうかと、言い出せば止まらなくなりそうなものは喉の奥に止めた。入り口に寄り掛かったままのそいつは『まだ、此処にいるんだな』と呟く。
刹那手を強く握って、足を止めた。【あの頃】から動かぬ時を認識させられて、言葉がすぐには出てこなかったんだ。

そうしているうちに奴の目はこちらに向いて、私の答えを待っていた。



『…何の用だ』 



それは羨望。それとも嫉妬だったろうか。
途端驚いた顔で、私と奴を代わる代わるに見る受付の者には申し訳ないと思ったが、それしか出てこなかった。
…当たり前だ。

私は放課後変わらず道場で剣の日々を、奴も部活に入っていた筈だ。それぞれ学級以外の接点もなく過ごしていた。
それがどうして今になって。今更になって。

(この場所で―――…)

私を見つけるんだ。



◇―◇―◇―◇


 
その日、結局奴は帰って行った。
『変わらねぇな』
ただそう薄笑いに【また来る】と一言残して。どうして満足そうに笑うのか分からないまま、



『…』

『…』



学校では言葉を交わすこともなく。



『来たぜ』

『…呼んでない』



道場には顔見知りのようにやってくるうちに、知らず言葉数を増やされていく。
また来たのかと思う日は【今日も来たのか】に変わり、入り口で交わす言葉は



『アンタ以外に居ねぇのか?』



道場内で一人竹刀を振る自分に向かって、壁から投げられる問いとなる。



『そんな睨むなよ。気になってたんだ。アンタ、学校(むこう)じゃ運動もできる、頭もいい、優等生ってやつなのに、なんか心ここにあらずって感じに見える。いや、一人でいようとしてやがる。
他の奴等はどうした?相手がいねぇんじゃ稽古は務まらねぇだろ』



余計なお世話だ。お前には関係ない。
言葉にはしないその僅かな苛立ちが、次第に私をかき乱す。

この道場はあと少しで閉めることが決まっていた。私を育ててくれた師範ももう年だから、長くいた者もそれに合わせていなくなっていった。
―――でも此処は孤児であった私に与えられ、心から打ち込めるものを示してくれた私の居場所。
たとえ一人となっても最後まで此処にいたい。それだけだった。

【帰れ】と言った。【黙っていられると気が散る】と言った。すると奴はこう言い返してきたんだ。



『Ahー…訳アリってやつか。―――丁度いい』



【借りるぜ】と床に置いてあった竹刀を取って、前に―――私の竹刀の向く先に立つ。両手で握るその構えに目を疑った。



『アンタの相手、オレが務めてやろうか?』



それは剣を極める者の構え。
でもそんな筈がない。たったそれだけで、【あの時】の結果が覆る筈がない。



『一人じゃ物足りねぇだろ。なあに、心配すんな。あの時のオレじゃもうねぇからよ』



腹が立った。ふつふつと湧いていた怒りは手を強く握りしめることで何とか抑え込んでいた。
戯れもここまで来たら度が過ぎる。私を馬鹿にしているのか。こちらは本気でやっているんだ。
―――【あの時】私に一太刀も浴びれられなかった奴が何を言う。と。

思わず鼻で笑った。



『随分と大きく出たな。…いいだろう』



そんな感情任せな言葉を吐き捨てて、睨み付けて言った。



『私が勝ったらもう此処には来るな。そっちが勝てば』

『勝てば?』



その一瞬、躊躇った。勝てばではない。五月蠅い。



『勝てば―――、此処に来てもいい』



奴は笑った。歯を見せて、爽快なほど自信に満ちた顔で。―――本当に楽しそうに、笑ったんだ。

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