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「本当にいいのか?独眼竜」



慶次のその一言が、背を向けかけた政宗の足を止める。

外は吹雪が止んでいた。気付けば目を覚ましてから一夜が明けていたらしい。
そして朝を迎え、洞窟内にも光が反射する頃。青琉を背負い、外に行こうとする政宗に慶次が再び聞いたのだ。



「明智光秀がそっちにいるかもしれねえなら俺も―――」

「Ha!」



それ以上の言葉はいらないと言いたげに政宗は下を向いて遮った。



「アンタが付いてきたところでコイツに説明するのが面倒だ」



その返しに口をへの字に曲げて納得いかないような顔で慶次は溜息を零す。
ねねのこと、そして牡丹のことを話した後「そうなのか!?」と驚いてまるで自分がしくじったとばかりに考え込んだ彼は政宗に付いていくと言い出しては「いらねぇ」と却下され続けていた。それというのも青琉がまだ目を覚まさないからである。



「っつったって、独眼竜。その子をおぶって山登りなんざ」



吹雪が止んでも雪は深い。上杉からだって早朝の出発と十分な食料と途中途中での宿を取って漸く半分を終えた此処まで来た。…まだ下りの此処はいい。
これから彼らが向かうのはより人の行き来が少なく、それ故に休む小屋もあまりない山の頂上だ。



「それにあんただって無傷じゃ―――」

「アンタには、」



と、政宗はその言葉を遮る。その話は禁句とでも言うように急に空気が変わり、無言の圧力を感じ始めて口を噤んだ慶次の目に真っ直ぐ此方を見つめ返す政宗が映った。



「別の役目があんだろ。風来坊」

「…」



慶次は政宗に負けず劣らず、静かにそして真剣に見返してそれ以上は言わない。



「オレに言ったこと、小十郎にも伝えろ」



いいな、と言うや今度こそ背を向けて雪の中に足を踏み入れる。そして膝まで埋もれながらも、前を見て振り向きもせず政宗は去っていった。



「……」



小さくなっていく二人の背中を見ながら、慶次は肩を落とす。



「もう…意地張っちゃって…」

「キィ…」



肩の夢吉も慶次と同じ動作をして残念そうにいた。そんな小さな友人に苦笑して指で撫でると、元気を取り戻してスリスリと寄ってくる。



『―――BINGOだ』



そう言ってあの時の独眼竜は目を外に遣った。きっと早く出発したかったんだと思う。けど吹雪いていたし、まだ暗いし、身動きできない此処ですることといりゃあ―――いやこんな時だからこそ、その話かなと思って俺は聞いた。



『そういや、その子とはうまくいってんのかい?』



目線が戻ったのは直ぐで、この伊達男ならわけないだろうと軽い気持ちで聞いたんだったが。



『…Ah?』



と、不機嫌を交えた返しがくるもんだからあの時は困った。



『あ、いや、まつ姉ちゃんから聞いてんだ。その子、中々気難しいってさ』



だからあたふたしながら正直にそう言った。すると何とか意を汲んでくれたらしくて、疑り深い目は『まーそうだな』という一言と共に伏せられたんだ。
そして独眼竜は言った。



『色々とheavyなモンを抱えてやがるから、口が堅くてな。オマケに姉が魔王をブッ倒した明智に加担してるのをかなり気にしてる。一筋縄じゃ行かねぇが、』



―――と言ってその子の頬に触れたのを覚えてる。



『面倒見がいい優しい女だ』



とても愛しむように指をなぞらせたのを覚えている。



『…』



嬉しいようで哀しいようで、きっとその時の俺はそんな顔をして笑っていたんだろう。
彼女はそれでもピクリともせず、目を開けなかったけど。
胸に耳を当てて感じた鼓動が、肌から伝わる温かさが…生きていると独眼竜に示していたのならきっと。


(大丈夫)

―――目を閉じた。淡い、夢のような日々。掠れるようで近くにまだ、心にまだそれは残っている。



「俺達も急ぐぜ夢吉」



キキッと鳴いた相棒に笑って、置いていた大刀を肩に携える。雪に踏み出した足は、在った足跡とは反対方向に雪を掻いて進んでいった。

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