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暗闇が怖い。
みんな、みんな怖い。



『泣くな市』



あの人だけだった。私を認めて叱ってくれるのは。
どんなに先が見えなくても、その声が、その手が標(しるべ)になってくれる。
怒ると怖いのに、安心する。

ああ、会いたい。



「市、ずっと探してた」



一歩。



「何で、あの時気付かなかったんだろうって」



―――二歩と彼女はゆっくり歩き出す。



「あなたはとても、近いところにいるのに」



黒く佇む瞳に青琉を映して、



「あなたがいれば、きっと。会えるのに…」

「…」



不可思議な言葉で途切れた。
ただそれは、黙止していた政宗の口を開かせる一端となる。



「魔王の妹」



市が足を止め顔を上げた。目線の先には政宗がいる。
…随分と真顔な政宗がいた。



「アンタが此処にいるのは望月青香と明智の差し金か?」

「…―――明智、様…?」



市はぼんやりと呟いて暫く動かなかった。しかし頭をふるふると左右に揺らす。



「分からない…どこにももう…市の知ってる人はいないから」



でも、と止めて。ゆらりと傾いた顔は安堵したかのように微笑む。



「みつけたの」



狭く鋭く定まった先。政宗より遥か後ろにいる青琉にぐんと迫る。
引き寄せられるように目が合い、青琉は息を呑んだ。



「あなたならきっと…市を、連れて行ってくれるよね…?」



声を高揚させた市に、小十郎の手は鯉口を上げ、ゆっくり腰を落としていく。



「No」

「!」





それはまるでぶつかった様な衝撃で、市は目を瞬いた。
良好な視界は急に遮られ、青い何かが近づいたのだ。政宗が青琉の前に立ったのだ。



「コイツはアンタの渇きを潤せる奴じゃねぇ」



心地よかった気持ちは雷を落とされたように霧散して、凍るような風と粉雪交じりの吹雪が徐々に肌を刺してくる。
市がびくりと震えた。
青琉は遠くにある政宗の背を眺めて、体を持ち上げる。



「独眼竜―――」

「…アンタがアイツらの差し金じゃねぇんだってことは分かった」



一歩二歩と前へ進めた足を政宗は止めた。



「退きな。アンタに恨みはねぇ」

「嫌…」



途端闇の気配は濃くなり政宗が身構えた。小十郎も勘付く。



「政宗様!」

「いやいやいや…!」




その声に呼応するかのように、市の周りに沼のようなものが沢山現れた。あれは、

(―――っ)

見たことがある。松永の手下を捕らえた黒い穴。



「―――気をつけろ!それに落ちたら終わりだ!」



身を乗り出して叫んでいた。青琉の声は政宗に届き、移動してくる黒い穴を避けて市に近付いていく。不規則に動き回り、迫る政宗を陥れようと現れては消えるが一瞬で地を踏んで跳ねる彼を捕らえることは出来ない。

(なら)

と、考えていた政宗が不意に高い跳躍で飛び退いた。空中から市も、自軍の者達も―――ぽつぽつと増えていく黒い穴も見渡して構える。



「JET-X!!」



六爪をクロスに振りぬき、発生した真空の刃が幾つも地面とぶつかった。雪が吹き飛び、辺り一面が白に包まれる。



「…あっ…!」

「ぬおおおっ!!」

「くっ!」



雪に巻き込まれ見えなくなった市。そして上で慌てふためく者達に半ば巻き込まれる寸前、



「あっ、―――お前!!」



力が緩んだ隙に青琉は抜け出した。良直が言って凝視した時にはもう、弾丸のように戦場に飛び込む後ろ姿がある。
小十郎が気付いて振り返った。



「馬鹿野郎が…!!」



そう言う小十郎の側、着地するや政宗は背後を一瞥しその存在に気付く。



「―――お前、」

「!」




その刹那、政宗の背を青琉が追い抜いた。



「…」

「…」




―――時が止まったような長い一瞬に視線は交差する。それも束の間、青琉はあっという間に先を行く。



「!―――良いのですか?」



反射的に言葉を飛ばした。
青琉を見つめて動かない政宗に、これまでは何が何でも止めようとしていたのにそうしなかった主君に小十郎は問わずにはいられなかったのだ。



「―――ああ、」



政宗は振り向かなかった。平坦で冷静な声は感情を読み取るのに少し時間がかかる。
しかし上がった顔は、



「大丈夫だ」



と真剣に前を見つめていて。そのまま後を追うように政宗は飛び上がっていった。

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