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―――何となく分かっていた。気付いていた。

城内を駆ける二つの足音。

幾つ部屋を通り過ぎてきたかは覚えていない。
外に出て訝しげに見回している者たちには大事無いことを伝える命を。不安げな喧噪に当たればあの大胆不敵な顔で心配いらないと他の者への言伝を発す。
そうやって城主の変わりない姿を見せ、安堵の波を着々と広めていったこの男は



『…青琉、か?』



きっとあの時、今とは違ったんだろう。
多くを語らず、力が強まるばかりだから言えなかった。
それ以外を忘れた子供のように離れないから聞けなかった。

残っていた気配。彼処には。
―――青香がいたんだろうと。



◇―◇―◇―◇



『片倉が明智光秀を引き留めてくれている』



青琉がそう言い、向かっていた矢先にオレ達は小十郎と遭遇した。
アイツもこちらに向かってたらしい。左手に傷を負っていたが、刀は握れるようだった。

事の仔細が明かされたのはそれから一刻もたたず。
軍議は部屋を超え、外まで人が集まる中執り行われ、ひきりなしに行きかい騒がしくしていた。
青琉が主導し民を助けた結果、死人はなく、霧の影響か突然の事態に気分を悪くしたものがいる程度だ。
―――そして、



「明智光秀」



小十郎が続ける。奴は、



『……―――、』



仕留める寸前に現れた青香と一緒に消えたのだと。



「―――という次第にございます」



政宗の側で、眉を険しく目を閉じた小十郎が話を終えた。辺りは静まり返り、誰しもがひしひしと感じる緊張感があって。
―――肘掛に頬杖付いていた政宗が立ち上がり、腰に手を添えて言った。



「つー訳でお前ら、向こうからの宣戦布告だ。…but、」



今回はちょいとpartyには不向きでな。

と。―――そう静かな声で終える。



「筆頭…」

「……」



後ろの良直の呟きに、青琉が顔を顰めて下を向いた。



『―――間者か?』



軍議が開かれる前、独眼竜と片倉と三人で話したこと。
片倉の発言に独眼竜が訝しむ後、出てきたのは行方知れずのねねと牡丹についてだった。



『奴は、報せを受けて此処に来たと言っておりました』



『くく、青香も酷いことをする。いや、とても慈悲深いというべきでしょうか』



―――亡きお母上の妹君を召し抱えるなど―――


光秀はそう言っていたらしい。

年が離れた妹がいた母上。幼い頃聞いたことはあった。
しかし仔細は知らず会ったこともない。



『…少し、安心いたしました』



ずっと感じていた安堵の正体はきっとそういうことだったのだろう。母上の妹がねねだった、と結びついた事柄に何の不思議もなかった。
近江の出と言っていた彼女達を他人とは思えなかったのだから。


―――首にかけていた筈のものに手を伸ばす。今其処にそれはない。あるいは、



(…これも)

「今回のはオレと小十郎、青琉だけで行く」


お前らは城(ここ)を頼むぜ。と、唐突に入ってきた言葉。
目を見開く。
―――周りが騒めき始める。



「Don’t worry.これが今生の別れじゃねぇ」



続いた話に期待したかのように静まった喧噪は、



「―――オレ達が戻るまで、此処を守り切れよ」



凍ったように音を無くす。奴はいつもの変わらぬ笑みを口角に刻んで踵を返した。
聞いていない。



「……、」



私はそんな話、

(聞いて、いない―――)

背後の喧噪はますます大きくなり、左馬助と文七郎が「筆頭!」「待って下さい筆頭…!」と声をあげる。小さく幾つも湧き上がって、



「テメエら!」



小十郎が足を止め一喝した。それには兵士達も黙り、一望した小十郎が口を開く。



「…政宗様の命だ」



しかしそれだけを残して小十郎は政宗を追う。
角に姿を消す間際、「テメエは早く支度をしろ、青琉」と言い残していった。



「…片倉様」
「筆頭…」



見えなくなった二人に残された兵達は、所在なくそう呟く。



「…ッ」



答えは―――言わずとも分かった。

立ち上がってだっと走り出す。部屋を出て、離れた背中に、



「独眼竜!!」



叫んでいた。

止まる政宗と小十郎の足。
部屋の中にいた兵達も驚いて青琉を見つめる。

だがそんなことどうだっていい。



「…っ、」



言葉よりも先に悔しさが、―――何ともいえぬ苦しさに。喉の奥が詰まった。



「…分かっている」



まるで自分に言い聞かせるように、



「青香の存在がお前に、そのような判断をさせたのだろう」



触れてはいけない意味の露呈に怯えるように音にする。視線を落とした。



『あなたの全てで全部、許してあげる』



安土で再開した青香。
あの時よりさらに感じた危うさがこうさせたのか。それは直接会った独眼竜と片倉にしか分からない。



『…さあな』



私がどれだけ問おうと、奴はそうはぐらかして話さなかった。

(何だとしても)

―――ぎゅっと手を握り締め、引き結んだ口を開く。



「力になりたいと慕う部下たちの想いも聞かずに、出立しても何になる。
少なくとも私は…ッ」



『強さも、仲間も、
帰る場所もあるお前に何が分かるッ!?』




…手の力を抜いた。

そうだ。



「―――仲間と共に在るお前が眩しかった。私も部下の標(しるべ)で在りたいと、そう思えたんだ」



目を閉じると、ふっと自嘲が漏れる。



「私が言えた義理ではないがな」

「隊長…」



重蔵が呟く。聞き呆けていた兵達も言葉が止まり、静寂に包まれる。
瞑っていた目を開けて、ばんと横の壁を叩いた。



「答えろ独眼竜ッ!!」



青琉の声に続き、背後で覗き見していた良直、文七郎、左馬助、孫兵衛以下伊達軍一派が「筆頭おおッ!」「置いていかないで下せえ!!」「俺達何処までもついていきますからあーッ!」と騒ぎ出し、「あっ」と体勢が崩れる。
ドンガラガッシャーン!といろんなものが混ざりぶつかり合って、



「…っ、お、前ら」



どさどさと雪崩た下敷きになりながら、雑多に倒れて伸びている彼らを恨めしく見ていた青琉に影がかかる。はっと顔を上げた。



「…」



政宗が、じっと見下ろしてきていた。無表情でありながら確かめるような鋭い目に、気圧されそうになる。
それでも青琉は目を震わせて見つめ返した。
それがとても長うようで短い一瞬で。



「…―――You've got me,」



唐突に政宗が目を瞑りそう言う。



「世話の焼ける奴らだぜ」

「!」



―――笑み。あの不敵な笑みを浮かべて独眼竜はそう言った。

目を瞬き光が揺らぐ青琉を他所に、積み重なっていた兵達は「筆頭おおお!!」「待ってましたああ!」と暴れ出す。
「お、い…っ!」と苦し紛れに伸ばした手。それをぐっと掴んだ大きな手が引っ張り上げた。



「ッ!」



―――ばふっと。暗くなった先で目を開ける。



「…青琉」



瞠目して顔を離した。「お前、」と言って唇に指先が当てられる。



「言うようになったじゃねぇか」



言葉を忘れて呆然とした。その刹那、我に返る。



「――――…なあぁああああっ!?」



飛び退いて尻もちをついて座り込んだ。
唇がわなわなと震え、目は羞恥に見開き、顔は真っ赤に火を噴く。
政宗はそんな青琉にふっと笑い、立ち上がると兵士達を見て声を上げた。



「コイツは一筋縄じゃいかねえpartyだ。オメエら、しっかりオレに付いてきな!!」

「おおおおっ!!」



漂った不安げな空気は晴れ、平生の士気が戻る。
湧く賑わいに乗じて亀助が「よー!隊長ーッ!!」と口笛を鳴らすと、青琉はまだ火照った顔でぎろっと睨み付けて、亀助が空を仰いだ。



「…」



―――その光景を見ていた。
一人向こうに留まっていた小十郎は、目を閉じた。

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