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「―――…」
≪ドォン…≫≪ゴォン…≫と音がする。―――地の底が震えるような音がする。
それだけで今此処で起きていることは目の前のコイツの仕業だと推測するに足りた。
目に映る白い肌、鉄紺色の髪とその顔。
静寂は、鼻で笑った政宗が破る。
「まさかこんなカタチで出くわすとはな。そのaggressive―――アイツにも見習わせたいぜ」
ぐっと刀を後ろに引いた。
「ただしアンタはお呼びじゃねぇ。竜の寝床に踏み込んだ対価―――分かってんだろ?」
目を細めた政宗。対して青香は相変わらず緩やかな笑みを湛えていた。ずっとずっと、この先の行動が読めない静止を貫いている。それが、
「…ふふ」
不意に。高く零れた声と共に―――動いた。
「いいわ」
戸枠にかけていた手を放り、身を乗り出す。風に吹かれるように寝所へと足を運び、手を差し出した。
「―――竜の爪、味わわせてみなさい」
「―――、」
声を忘れた。瞬きを忘れた。
―――見張った目を、ぐっと顰めて。
「…上等だ」
手にこもる力が強くなる。
政宗は上体を落とした。
「後悔―――すんなよッ!!」
だっと距離を詰めて青香が目の前に迫る。
―――キン!―――
火花が散った。政宗の目付きが尖る。
「…―――、」
刀がすれ違ったもの、それは。
―――黒い手。青香の足元にできた黒い影から出ている正体不明の代物だった。
隙間から見える青香は嫣然と佇んでこちらを眺めている。
「―――!」
咄嗟に床を蹴って退いた。
(…コイツ)
「ふふっ」
寝所の端まで離れて軸を、刀身を彼女に合わせて構え直す。
その先で上がった顔が閉じ目気味に綻んだ。
「流石は独眼竜…そう簡単には捕まってくれない」
黒い手はしゅるっと沈んで見えなくなり、青香の足元は元に戻る。
「此処でその得物を無くしたら、流石のあなたも無理だもの…ね?」
「―――…舐めやがって」
悪態は悟られないようにするためか。
それはただの勘。しかし体が無意識に避けて刀を下げられない辺り、これはそういうことなのだろう。
じっと青香を見ていた。そのまま俯いて「アンタ」と、差した明かりが瞳を鋭く照らす。
「どこまで―――堕ちる気だ」
「…」
一変し冷たくなるその表情。向けられた言葉の先で睨むように鋭くなり、下を向いて。
―――動かなくなった。それも束の間、
「―――…ふ、」
小さく。
「ふふ、ふふふふっ…」
―――小さく肩が揺れる。
政宗はそれを見据えていた。…微動だにせず、向ける顔は真剣を貫いている。
一通り笑い終わって面を上げた青香にあったのは嘲笑だった。
「―――遊びはここまでよ」
青香は歩き出す。
「別に戦いにきた訳でもない」
政宗が耳の側へと刀を構える。そして後ろに足を滑らせたと同時に、青香は立ち止まった。
「私はあなたに話がしたくて来たの、独眼竜」
「―――話だと?」
「青琉との過去に興味はない?」
殆ど被せるような勢いでそれは耳に入ってきた。
ぴくり、と動いた指先を青香は見逃さず、満足そうに笑みを深める。
「あの子のことを知りたいと思うなら来なさい」
見せたいものも、もうすぐ揃う。
「月山、―――社の境内で待っているわ」
―――独眼竜―――
濃くなる霧。己の名が遠く響いて消えていく。
吸い込まれるように青香は小さく、―――やがて見えなくなった。
「…」
微動がカチャリと静けさに響き、日が差してくる。
晴れてくる霧の中、政宗は刀を下ろした。
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